第420話 末姫さまの思い出語り・その26
さて貴族令嬢の一大イベント『成人の儀』がやってきた。
翌月までに十六になる騎士爵から公爵までの令嬢が参加する。
公爵家には該当する令嬢がいないから、今年は私が筆頭成人令嬢になる。
成人令嬢は爵位毎の控室になるが、私は特別に個室を用意されている。
そして伯爵以上の令嬢は入口で両親と合流し女帝ご夫妻にご挨拶するが、私は父と最初から控室に通される。
「お母様もご一緒でしたらよかったのに」
「公式の席ではベールを取らなければいけないからね。でもちゃんと見ていてくれるから安心しなさい」
どこか陰に隠れて見てらっしゃるのかしら。
会場である『大謁見の間』には覗き部屋はなかったはず。
いえ、確か玉座の真後ろには書記官と警護の騎士が控える小部屋があったかしら。
あそこなら多分・・・まさかね ?
儀式はとどこおりなく進む。
低位貴族の中には昨年度の成人令嬢が数人交じっていた。
十六才に間に合わなかった女学院出身者だろう。
同い年で参加していない人もいたけれど、嘘の噂を流した男爵令嬢は修道院から戻ってきたようだ。
以前と顔つきが違っているから、きっときちんと反省と教育を受けたのだろう。
新しい女学院も開校して、低位貴族令嬢の学習環境はとても良い方向に向かっている。
そしていよいよ私の番になった。
「ダルヴィマール侯爵家ご息女」
杖で床を叩く呼び出しの声を合図に『大謁見の間』に足を踏み入れる。
すると低位貴族の間から騒めく声が上がった。
「知らないお顔だわ。それに
「女学院でお見掛けした方と別人ではなくて ? 」
ええ、そうでしょう。
あの時も見習い期間も、髪の色を変えて伊達メガネをしていましたからね。
マールに教わったダルヴィマール家使用人の特技、『目立たない』も使っていたし。
そうやって変装していたから、今までは私の素顔を知っていたのは親しい方と使用人だけ。
耳の後ろで緩く二つ結びにしていた髪も、今日は成人貴族婦人の正装できっちりと結い上げている。
ゴテゴテと盛らずに品良くスッキリと。
母が得意の組紐で作ってくれた小さな花の髪飾りは、参加者の中で一番地味かもしれない。
そして私の髪は茶色ではなく父譲りの薔薇色だし、顔は穏やかな顔立ちの父と清楚で美しい母を足して二で割った感じ。
両親の美貌の良いとこ取りでないのが残念だ。
確かに母のように誰もが見惚れる美貌ではないけれど、十人いれば上位四位くらいには入れると思う。
・・・つまり可もなく不可もなく極々平々凡々と言うことだ。
生まれついた顔は仕方がないので、母に言われたように堂々と、そして世間で思われているような知的かつ淑やかで慈愛に満ちた姫を演じる。
本来の私ではなく期待されている『私』だ。
「私だって外に出たら猫百匹くらい飼っているわ。
演技よ。
演技をなさい。
なり切るのよと母は言う。
母の花嫁衣裳の白いキモノとガウンで女帝陛下の前に進み出る。
女学院で一緒だった人たちがポカンと口を開けている。
「皇帝陛下、皇配殿下お揃いあそばしまして、御機嫌ようお喜び申し上げます」
ダルヴィマール家特有の口上を申し上げる。
必要以上のことは言わない。
自分のことを売り込まない。
「
正座からの手をついて頭を下げるダルヴィマール家のカーテシー。
ここをきっちり決めないと、ダルヴィマール領の最高謝罪、土下座になってしまう。
問題なく私が筆頭成人令嬢としてのご挨拶を終え令嬢の列に加わろうとした時、突然バタバタと十数人の男たちが乗り込んできた。
「『ヴァルル解放同盟』である ! 」
彼らは一人立ち尽くす私を後ろでに拘束すると、首筋に冷たい何かをあてた。
「貴族による支配はもう我慢できない ! 我々は階級制度の撤廃と皇帝による支配からの脱却を要求する ! 」
前に並んだ成人令嬢たちの間から悲鳴があがり、抱き合ったりしゃがみこんだり。
中には倒れこむ子もいる。
えっと・・・でも。
そのゆるゆるの強さでは抜け出せますよ ?
そして首の刃物らしきもの、当り具合からして刃引きされてませんか ?
なにかのお芝居かしら。
「何かございましたか ? 」
何が行われているのか現状確認しようとしている時、入口の扉が開いて顔を出したのはマールだった。
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