第325話 夜明け前

 二日目が終わった。


 城壁に上がる前に気が付いた。

 大陸中の魔物がここに向かっているのなら、これ倒してしまったらこの冬は食量事情が物凄いことになるんじゃない ? 

 昨日はバンバン燃やしちゃったけど、それってやばいよね。

 だから夜の間に倒された魔物の皆さんのうち食べられるのだけは回収させてもらった。

 私とみんなの冒険者の袋に。

 だって私一人じゃ入りきらないもん。

 出来るもんなんだなあ。

 うん、我ながらいい魔法を構築した。

 そして限りある資源を大切に。

 私は魔物を冒険者の袋に直接入れてみた。

 初めて袋をもらった時に、生き物は入れられないって説明された。

 袋の中に顔を突っ込んで確かめようとしたら、周りの皆さんに全力で止められてお説教された。

 だから、物は試しとやってみたら大当たり。

 魔物は袋の中でお陀仏さんになっていた。

 ありがとう、君たちの命はしっかりみんなのグリコーゲンとして活用させてもらうから。

 念話でそれを知らせたら兄様たちから『また変な魔法をっ ! 』『人の持ち物に勝手に触るなっ ! 』とか怒られた。

 帰ったらお説教コースかな。

 アルだけは『さすがルー。凄いねっ ! 』って言ってくれたからいいや。

 アンシアちゃんとは念話が通じないし、ギルマスからは『まだまだ入るよ』ってお返事を頂いた。

 やっぱり心も袋もゆとりある大人は違う。


「えっと、これ、なんでしょう」


 拠点にしているギルマスの屋敷。

 帰宅したらダイニングテーブルにたくさん器やお鍋が並んでいた。

 どれにもメッセージカードがついている。


「アルがルーちゃんの体調が悪いって言っちゃったの。それが伝わって、いろんな人から消化に良い食べ物が届いたのよ。騎士団の奥様や魔法師のご家族。貴族の方々からもね。避難所にいる人たちからも秘蔵のレシピが来ているわ。避難所暮らしの自分たちは今は作れないからって」


 百まではないけれど、五十は越えているかな。

 どのメッセージカードにも私を労わる言葉が書かれている。

 アルのバカ。

 不安でしょうがない人たちにこんなに心配かけるなんて。

 いえ、そもそも心配をかけたのは私だ。

 アルのせいにしちゃいけない。

 

「よかったわね、ルーちゃん。こんなにたくさんの人があなたを応援してくれているの。全部は無理でしょうけれど、少しはいただきましょうね」

「・・・はい、ナラさん」


 私は一番手前の二皿とサンドイッチを夕食にした。

 しっかりとは食べられないけれど、私の心は十分に満たされた。

 みんなで美味しく頂いて、残った物は冒険者の袋に入れた。

 兄様たちからは『魔物の死体が入ってるのに、糞みそ一緒かよ』と呆れられたけど、食べるのは私だもん。それに死体じゃなくて食材です。

 気にしない。



 兄さんたちから怒られた。

 侍従たるもの主の体調不良を他人に言ってはいけないって。

 でも、なんでもかんでもルーに押し付けているようで黙っていられなかったんだ。

 ルーはと言うと、ほんの一瞬で気持ちを切り替えた。

 そして担当の場所に着く前に新しい魔法を構築した。

 自由な魔力と発想を持つルーらしい。

 いじめと悪意の中で凝り固まってしまった心。

 それを自分自身で解していく強さ。


 ルーは、本当に、凄い。


 そして王都の人たちはとてもやさしい。

 まだ胃が受け付けないと言って少しだけ食べたルーは、メッセージカードを冒険者の袋に丁寧に入れた。

 全て終わったらお礼状を書くんだって。


 なんでルーが四方よもの王になったのか。

 一緒に過ごしているとなんとなくわかる。

 常に寄り添って支えたくなる。

 兄さんたちがブーブー言いながらもルーの面倒をみてるのも同じ気持ちだろう。

 あの自分以外の人を思う優しい心。

 四神獣たちが絆をしたいと思うのもわかる。

 みんながルーに魅かれるのは、イジメにあいながらも誰かを恨むことのなかった清廉な気持ち。

 そして解き放されてどこまでも羽ばたいていく想像力。

 

 わたくしたちはヴァルル帝国の国民の為に戦います

 例えそれで命を落とすかも知れなくとも

 他大陸の生まれのわたくしたちを受け入れて下さったこの国のために

 わたくしたちは最後まで戦います

 それがダルヴィマール侯爵家の跡取り娘の役目です


 決意表明の儀。

 ルーはきっぱりとそう言った。

 けれど本当は決意なんて出来ていなかった。

 

 初めて人を切った日もそうだった。

 あの時も何日もふさぎ込んでいた。

 昨日あちら現実世界で怖いと泣いた時、やっぱり彼女を支え切れていなかったと後悔した。

 そして今日、こんなにも鮮やかに気持ちを切り替えた。

 僕が出来ることなんてあるんだろうか。

 もしあるとしたら、やはりルーの隣にいること。

 ルーの手を握り続けること。

 そしてルーが王都の人たちを気遣うように、僕もまた一緒に戦ってくれる人を想おう。

 ベッドに入って目を閉じるまで、僕は王都中に癒しの力を広げた。

 どうかルーの優しい気持ちが王都の人たちに届きますように。



 三日目は突然やってきた。

 目が覚めるとドンドンと激しく扉を叩く音がする。

 急いで階下に降りると、すでにナラさんが私たちを待っていた。


「私が出るよ。みんなは下がって」


 ギルマスは私たちに玄関から離れさせると静かに扉を開けた。


「飛報、飛報にございます ! 」

「落ち着きなさい。何があったのかね」


 飛び込んできたのは若い警備兵さんだ。

 息を切らしているのに顔色は青い。

 フロラシーさんがスッと水の入ったゴブレットを差し出す。

 それをグイッと飲み干すと彼は叫ぶ。


「城壁がやぶられました ! 城下町に魔物が流入しております ! 」

「 ! 」


 壁の時計を確かめる。

 まだ四時前だ。

 ナラさんが作り置きしてあったフィンガーサンドイッチの乗ったお皿を差し出す。

 それを一つ頂いて私たちも水を飲む。

 ギルマスは慌てている警備兵さんを落ち着かせるようにいつもの穏やかな声で訊ねる。

 

「破られたのはどこだい。それと何か所かな」

「いまのところ一か所。場所はシジル地区の冒険者ギルドの裏にございます ! 」

 

 シジル地区の冒険者ギルドと言えば、王都から外への秘密の抜け道がある場所だ。

 正式な冒険者ギルドと認められた時に封鎖されたと聞かされている。


「シジル地区にはもう住民はいない。城下町に続く門は閉鎖されているはずだが、あそこが破壊されたら魔物が一気に城下町になだれ込む。みんな、用意はいいかい」


 ギルマスの言葉に私たちは大きく頷く。

 

「いきましょう。『大崩壊』、終わらせます」

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