第324話 心の浮き沈みは未成年だからこそ

 ルチア姫の体調については、昼前には全ての作戦参加者に広まった。

 そして自分たちがどれだけ姫に依存していたかと深く反省した。

 ルチア姫がもっと頑張ってくれたら、夫は父はもう少し楽が出来るのにと言った家族と大喧嘩した魔法師団員が数人。 

 姫のために魔力と体力を回復しようと布団に飛び込むもの多数。

 漏れ聞いた情報で動く一般庶民はさらに多かった。

 

 ここのところ食が細くなっているのは事実だが、夜眠れていないというのは、まあ嘘ではない。

 こちら夢の世界でもあちら現実世界でも眠っていないのだから。

 そして本来であれば、アルのしたことは褒められたことではない。

 近侍たるもの主の体調について身内以外に話すものではないのだ。

 それでも言わずにいられなかったのは、彼らを待つ人々を見たルーの心が一舜締め上げられたのがわかったからだ。

 そしてその怯えた心が徐々に解されていくのが何故なのか。

 アルにはわからなかった。



 心配かけちゃったな。

 そんなつもりじゃなかったのに。

 ご飯だってちゃんと食べるつもりだった。

 なのに、ちっとも口に入っていかない。

 無理して食べてはいたけれど、そのうちコップを持ち上げるのも億劫になった。

 これじゃいけないと思うけど、どうにもしようがなかった。

 昨日、魔物を迎え撃ってから、お箸を持つのも難しい。

 なんとかして食事をしないと、どちらの世界においても良いことにはならないってわかってる。


 武道家たるもの、どんな状況でもメシだけは食え。


 各地の道場の先生方は、揃って同じことを言っていた。

 疲れ切っていても水漬けでも猫まんまでも食べておけと。

 悲しくても辛くても苦しくても、お腹が足りていればなんとか動き出せる。

 それが理解できているのに動けない私は、なんて心の弱い情けない人間だろう。


 泣きついた相手がアルでよかった。

 兄様たちなら「考える前に動け」と言うだろうし、ギルマスなら「とことん悩んでごらん」と微笑むだろう。

 アンシアちゃんなら「お姉さまの憂いはあたしが叩き潰してきます ! 」って走り去るんじゃないかな。

 アルはただ私の話を聞いてくれる。

 死に戻りしてただのルーに戻りたいと言ったら、アルに物凄く怒られた。


 死んだらだめだ。

 絶対にダメだ。

 傍にいるから。

 必ず支えるから。


 そして朝、ギルマスの屋敷前に集まった人たちの多さに、その目の輝きに思わず足が止まった私の手をアルは両手で握ってくれた。

 温かさに包まれて、私は前に出ることが出来た。

 ほら、私ってなんて単純なの。

 アルが手を握ってくれるだけで、こんなに簡単に落ち着くことができる。

 扉を出て私を待っていた人たちと向き合えば、それは私たちにだけ押し付けるのではなく、期待とともに自分たちも一緒に戦うんだという決意なんだと気が付いた。

 頭では共に戦う仲間だとわかっているのに、私は素直にそれを認めることが出来なかった。

 それは小学生のときのあの経験。

 どうせ誰も助けてはくれない。

 自分一人でやりきらなきゃいけない。

 そう言った傲りと思い込みの心がまだ残っていたんだ。

 だからベナンダンティになっても、ギルマスや兄様たちに守られる小さな世界で生きてきてしまった。

 本当はその前も今も、気遣ってくれる人はいたはずなのに。

 そう気が付いたら、自然と集まった人たちに笑顔で応えることができた。

 

「お疲れ様でございました」

「後はお任せくださいませ」

「ゆっくり休んで下さいね」

 

 心が決まれば素直に声をかけられる。

 アル、そんなに怖い顔をしないで。

 私はもう、大丈夫。

 自分にできることを精一杯するって決めたんだから。

 決めても挫ける弱い心。

 誰かにすがらずにいられない情けない自分。

 何度も繰り返した『大丈夫』。

 そしてこれから何度も繰り返すだろう『大丈夫』。

 それを心の中でもう一度噛みしめて、私は前に進んでいく。



『ルーは落ち着いたようだね』


 ギルマスが念話で兄たちに話しかける。


『さっきまでの怯えた様子が消えた。まだまだ不安が残るけれど、こうと決めたらやり切る子だから大丈夫だよ』

『本当に手がかかる・・・。ところでギルマス。俺の冒険者の袋に魔物の屍骸が追加されてるんですが、これはギルマスの魔法ですか』


 エイヴァンの問いかけにディードリッヒが自分もと続ける。

 コンテナ船並みに容量の増えた二人の袋には、夜中に倒されただろう魔物が一瞬にして放り込まれている。


『私じゃないよ。多分ルーだ』

『ルー ? あいつはそんな魔法が使えましたか』

『ルー以外に誰がいるんだい ? そもそも冒険者の袋の出し入れは所有者以外は出来ない。桁外れな魔法の使い方でルーに勝る者はいないよ』

『それはそうですが・・・』


 多分アルやアンシアの袋も同じなのだろうが、それぞれの袋にはかなりの量の食糧が追加されている。


『食べられる魔物ばかりとは、いかにもルーらしい。きっとこの冬の食糧事情を考えてのことかな』

『その割には昨日は遠慮会釈なく火炎放射を連発していましたがね。そもそも手で触れずに袋に入れるなんて、ギルマスは出来ますか。俺にはまだ無理です』

『可能ではあるけれど、範囲指定もせずには無理かなあ』


 エイヴァンは思いだした。

 ギルマスが北の大陸で城一つを冒険者の袋に詰めたと言う逸話を。


『だけどあの時だって城という限定対象があったし、見えてもいない王都の周りの食材だけを他人の袋に放り込むなんて出来るはずがないよ。さすが四方よもの王と言ったところかな』

四方よもの王だから、ですか。どこまで規格外なんだ、ルーは』

桑楡そうゆとだけ絆している私の魔力量はわかるだろう ? 四神獣全員となんて、どれだけの力か。そしてまだまだ成長する』


 悪用しようと思えばいくらでも悪事に使うことができる。

 だがルーがそんな考えを抱くことは決してないという確信もある。

 真面目で馬鹿がつくくらい正直者のくせに、時として考えなしな思い付きで悪気なく色々とやらかす娘。 

  明後日の方向への努力の筈が、なぜかグルっと回って正しい場所に落ち着く。

 目の届くところに置いておかないと、本人ではなく主に周囲の人間がのっぴきならない破目に陥るのではないかと心配だけがつのる。

 まっすぐで真っ当で、頑ななまでに純粋でおバカで、どうしょうもなく不安定で見守ってかばわずにはいられない少女。

 それが、ルーだ。


『わかっているんですよ、ギルマス。俺たちはルーを見捨てられない、ベナンダンティ初日からね。ここまで関わったんだ。どこまでもくっついていって面倒を見ますよ』

『それが地獄の底だとしてもかい ? まあ、私もある程度の覚悟はしているけれどね』


 地獄は嫌だ。

 だが、そこで妹がやらかすのなら、そばにいて止めなければいけない。 

 そしてルーなら住めば都とか言って、地獄の底を快適にリノベーションして閻魔大王に追い出されるような気がする。

 そしてもう一つ気になることがある。


『俺たちもですが、アルの魔力がしばらく前から膨れ上がっています。それと・・・』

『ナラやフロラシーもだね。私の魔力は安定している。アンシアは量はそのままだが、少しだけ変質しているようだ』


 侍女のナラと服飾職人のフロラシー。

 冒険者ギルドに所属はしているが冒険者ではない。

 基本生活魔法しか使えない。

 しかし一般人程度の魔法が急に威力が高まった。


 発動時間が早くなったり、火の勢いが強くなったり。

 別に暴発するわけじゃないから、気を付けていれば大丈夫。


 二人はそう言って笑うが、やはり理由と原因は知りたい。


『俺たちはルーの係累ですからその関係じゃないかと。だがナラもフロラシーもルーとは関係無い』

『関係は大有りだと思うがね。まあ、今ここで考えても仕方がない。目の前の魔物の群れに集中しよう。

 

 投光器魔法が切れる。

 魔物を迎え撃つ二日目が始まった。

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