第256話 少女は暗躍したがる。

 翌朝、参内するお父様に付き添われ、ラーレさんは王城に向かった。

 屋敷に泊まったギルマスも交えて、対策会議を開く。


「彼女は危うい」

「危ういですか」


 ディードリッヒ兄様がお茶の支度をしながら聞く。


「ルーも気づいてるんじゃないかな。野放しにはできない子だ」

「はい。私もかなり舞い上がってると感じました」


 一人ぼっちの異世界。

 何もわからず放り出された女の子。

 生きていくのに必死で、落ち着いたと思ったら使節団に入れられて海難さわぎ。

 やっとたどり着いた目的地で出会った同胞。

 ハイテンションが止まらない。


「昨日教えたことが身についたとは思えない。どこかでボロをださなければいいんだが」

「彼女のこちら夢の世界での暮らしを考えれば、とにかく味方を作りたいんでしょう。多分、この国でも親しい友達を作りたいと考えているはずです。ですが、それがどんな形でのアプローチになるか。よく見定めないといけませんね」


 エイヴァン兄様が浮かない顔でため息をつく。

 どうもラーレさんの立ち位置が気に食わないようだ。


「ルーが彼女に執着するような態度を見せたのはよかった。これからもお友達扱いをしてくれ。それと彼女の仕事は書記などの仕事だと聞いた。アル、お前がその役をやれ。そして彼女の行動が逸脱した時は止めろ」

「わかりました。僕は王宮で彼女が一人きりにならないようにします。同じ仕事をしている仲間という立ち位置ですね」


 お茶の時間に合わせての登城。

 私はナラさんとアンシアちゃんと着換えに向かう。

 この後は皇帝陛下にご相談だ。



 ルーたち女性陣が立ち去った後、ギルマスは残った三人を集めて声を潜めた。


「彼女は闇が深い」

「闇、ですか」


 ディードリッヒの声にギルマスは小さく頷く。


「人を貶める闇ではなく、生きていくための闇だ。エイヴァン、君は気づいただろう」

「はい。ルーは単に日本人と出会えて喜んでいるだけと思ったようですが」

「あの目、そして皇子の側近たちの表情。あの年でただの冒険者が使節団の事務官など、ありえないだろう」

「普通は王宮の中堅辺りを連れて来ますね」


 エイヴァンもまたラーレの立ち位置の不可解さに気が付いていた。


「彼女はパトロンを、保護者を求めている。そしてここに理想の人物を見つけた。御前だ」

「養女を次期公爵にするとしていて、その養女は日本人。ならルーの代わりに自分が養女になってもいいはずだと考えているはずですね、ギルマス。あの眼は捕食者の目だ」


 ただの女子高生ではない。

 導き手もなく、十五六の少女が異世界で生き抜くのは至難の業だ。

 こちら夢の世界では死なないベナンダンティとはいえ、かなりの辛酸をなめてきたはずだ。 

 

「彼女はこちら夢の世界で死ねば、あちら現実世界でも死ぬと思っているのかもしれない。必死さが違います」

「そうだね、ディードリッヒ。御前と馬車を同じくしなかったのはよかった。短い時間とはいえどんな噂を捏造されるか」

「僕にはそんな悪い子にはみえませんでしたけど」


 アルだけは大人たちと違いあまり危機感を感じていなかった。

 異世界で一人頑張ってきた同い年の女子高生という認識だ。


「アルにはまだ無理だろうね。だが、決して気を許してはいけない。同じ仕事ということで接触は増えるだろうが、間違っても二人きりにはならないように。必ず誰かそばに置いておきなさい。それは誰でもいい。王宮の事務官でも侍女でもいい。万が一二人きりになるときは、部屋のドアは全開にしておくよう気を付けなさい。でないと、ルーを泣かせることになるよ」


 もうこの屋敷には入れさせない。

 ルーと二人きりにもさせない。

 今以上の情報は与えない。

 王宮のお庭番も使って監視の目を離さない。

 変な噂を流そうとしたら、即座に叩き潰す。


「お待たせしました。さ、出かけましょう」


 午後のドレスに着替えたルーが寝室から出てきた。

 爽やかなシャーベットグリーンのドレスの少女に、男たちは決してあの新参者に傷つけさせたりしないと心に決めた。

 ルーは色々な意味で守られ、甘やかされていた。



 いつもの皇帝陛下のひきこもり部屋。


「あの娘にはお庭番の女たちを専属侍女としてつけた。少し言動が怪しいのでな」

「陛下もそう思われましたか」

「王子の側近たちが異様にあの娘を危険視している。いや、汚らわしい物を見るような目だ。王子との距離を取らせようとしている」


 ルーは皇后と侯爵夫人と三人で、北の客人の衣装を整えている。

 謁見は数日後。

 側近たちからあちらの服について聞き、新しく作らせる為だ。

 もちろんラーレも一緒だ。


「無邪気な様子で護衛騎士や侍従に話しかけているが、下心は見え見えだ。わかりやすいな」

「とすると、次は何をするかも想像できますね。御前、お気をつけください。決してあの娘と二人きりになってはなりません」

「わかっているよ」


 ギルマスの言葉に大丈夫だと宰相は頷く。

 自宅の居間で対面したとき、自分のことをキラキラした目で見る娘に違和感を覚えた。

 あの年頃では妻子持ちである自分よりも、若く見目麗しい近侍達に心ときめくはずだ。

 身分的にも年齢的にも自分ではない。

 それがいかにも一目惚れしましたと言うような態度を取られても、胡散臭いだけで心は動かない。


「なめられたものですね。他国の宰相をなんだと思っているのでしょう」

「あれでのし上がってきたのだろう。だが、ここではそれは通じない。すでに王宮の召使たちには注意報を発令しておいた。昨日のうちに知らせておいてくれて助かったよ」

「娘一人が生き抜くためです。根は悪人ではないでしょう。ベナンダンティであれば一晩あれば大抵のものは解決できる。自分の才覚だけで得た地位です」

 

 トントンとノックされ、ルーとアンシアが現れた。

 男たちは不穏な話題を止め、いつも通りの笑顔で迎えた。



 王宮の被服部のみなさんとのファッション談義は楽しかった。

 側近の方から聞いてデザイン画を書き起こし、布の種類や色を決めていく。


 ラーレさんは冒険者だけど、ここは王宮なのであちらの侍女さんが着る服になった。

 ゆったりしたハーレムパンツに長めのチュニックワンピースを重ねる。

 あちらの服はアラビアンナイト風だった。

 やはり着慣れた服のほうが落ち着くだろうと、被服部の皆さんに手仕事倍々魔法をかけて作業を急いでもらった。

ラーレさんはエンパイアドレスの方が気に入ったようだけれど、そこはやはり貴族ではないということで諦めてもらった。

 

 ラーレさんの仕事は書記だ。

 王子に付き従って細かく行動を記録する。

 

「おい、余計なことを報告するなよ」

「はい。殿下のなさったことを正確に書くだけです」


 二人はとても気が合っているようで、そんな軽口の応酬がよく見られる。

 けれど側近の方々はそれが気に入らないようだ。

 というか、ラーレさんを好きではないようだ。

 

「いくら漂着してから助け合わなければいけなかったとはいえ、殿下に対して馴れ馴れしすぎるのですよ」

「冒険者なら冒険者らしく、与えられた仕事に専念すべきです」


 確かにその通りなんだけど、きっと頼れるお兄さんみたいに感じているのかな。

 国に戻ればもう一緒に過ごすことはないから、それまでの我慢なんだそうだ。

 服が出来れば後は仕事をこなすだけだ。

 ラーレさんはアルと一緒に打ち合わせの記録をしている。

 二人が一枚の書類を並んで見ているのは、アルの赤毛とラーレさんのピンクの髪がとても賑やかだ。

 時々わからない単語があると、隣に座ったアルに聞いている。

 ラーレさんはそんな時アルの左手に抱きついて、楽しそうにお礼を言う。

 私は・・・少し心が重い。


「お嬢様、お顔が暗いですよ」


 アンシアちゃんが後ろからコソっと声をかけてくれる。


「お顔が下を向いています。もっと毅然となさらなければ」

「そうね。気をつけるわ」


 と言っても一度落ち込んだ心は元に戻らない。

 私は体調不良を理由にアンシアちゃんと二人で王城を辞した。



「ラーレ、お前は自分の身分と立ち位置がわかっているのか。なんだ、ルチア姫の近侍たいしてあの態度」

「部屋にいたものは皆不審な顔をしていたぞ。ここは他国の王宮で冒険者ギルドではないぞ」


 側近たちの叱責にもラーレはしれっとした顔で返す。


「同じ仕事をしてるんだもん。親しくしたっていいじゃない」

「親しく ? お前の手口はわかっている。あの近侍を足掛かりに宰相の愛人の座を狙っているんだろう」


 緑の髪の側近がラーレを睨みつける。


「たった数年でただの冒険者から財務大臣のお気に入り。その貧弱な体でよく籠絡できたものだ」

「失礼な。体なんて使わなくったって、頭があれば人生何とでも出来るのよ。女を武器にするのは馬鹿のやることよ。ほんと、下衆な勘繰りは辞めて欲しいわ」


 異世界に来るようになって、乙女の危機は何度も訪れた。そのたびに頭を使って逃げ延びた。

 商人からの依頼をネットで調べた知識で達成し、少しずつ大店おおだなへと客層を上げて行った。

 行きついた先が財務大臣だ。

 もちろん知識だけの付き合いだ。

 可愛らしくおねだりして、使節団に潜り込ませてもらった。

 目的は新天地への逃走だ。


「バカじゃないの。体なんて最後の最後まで取っておくものよ。売りに出した瞬間に価値が無くなるんだもの。その頭でよく側近なんてやってられるわね。女には学がないなんて考えてるから出し抜かれるのよ」

「何だとっ ?! 」


 怒鳴られたって怖くない。

 だってこいつら頭悪いんだもん。

 足し算引き算がやっとのくせに偉そうに。

 私は馬鹿じゃない。

 ネットの情報を使ってこの国でも成り上がってみせる。


 ただ、その計画は始まる前から破綻していることを、彼女だけが気づいていない。

 所詮、ただの女子高生だった。


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お読みいただきありがとうございます。

本年の更新は今回が最後です。

次回は年明け一月五日の朝を予定しております。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

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