第88話 一方その頃現世では ~ 両親の帰国とお宅訪問

 街の広場に集合した参加者は、一角猪の山を前に乾杯した。

 数えてみたら魔物の数は234匹もいた。

 切りのいい数だ。

 一頭当たり食べられるのは大体7キロくらい。

 だから全部で1700キロくらい。

 大きさも違うからもうちょっといくかな。

 解体後に各ご家庭の人数に合わせて公平に配られるという。

 この冬は少し楽に過ごせそうだとご老公様が言っていた。

 まあいつもよりはちょっと潤うくらいの量ではあるけれど。


 アンシアちゃんは翌朝になって目を覚まし、自分が助かったことに安心したのかもう一度号泣した。

 その後は二人で警備隊、市警本部、常駐騎士団におわび行脚をした。

 手土産はもちろん柿ピーだ。

 前に市警本部に差し入れしたときに好評だったわさび味多め。新しい味として梅しそもいれておいた。

 ギルマスにこちらで作れないものは出さないようにと言われていたので、あらかじめネットで作り方をしらべておいた。

 でも領内の山にはわさび田もあるって言うし、梅とかの柑橘類もあるから大丈夫だと思う。

 お醤油工場もあるしね。

 お米も餅米もあるし、昔のベナンダンティ良くやった。

 お陰でかなり食生活が豊かだ。多分王都よりも。

 そういえば騎士団に入らないかって勧誘受けた。

 館内放送魔法とド〇ーン魔法が欲しいんだって。

 もちろん丁重にお断りした。

 アンシアちゃんの面倒見なくちゃいけないもんね。


 そうそう、あの事件の後だけど、アンシアちゃんは私のことを『お姉さま』と呼ぶようになった。

 以前のようなため口ではなく敬語で話すようになった。

 なんの心境の変化かと聞けば、対番のことを兄姉と呼ぶのが慣例なのだから当たり前だと言われた。

 なんか背中がゾワゾワする。

 兄様たちもこんな気持ちだったのかな。

 ちょっとだけ納得できたような気がする。

 ちなみに兄様たちのことはエイ兄さん、ディー兄さんと呼ぶとのこと。

 ため口は変わらなかった。

 アルの事は今まで通りアルのまま。

 アルはなんで僕だけって言ってたけど、

「アルはアルじゃない。別にアルじゃなくなったわけじゃないんだから、アルはアルでいいじゃない」

 と言われて、少し、いやとても悲しそうだった。



 そしてついに両親が遠航えんこう( 援〇交際ではなく遠洋航海えんようこうかい )から帰ってきた。

 帰航日って言っても、実は前日には到着して沖に投錨していたから、連絡は取れていたんだけどね。

 で、翌朝船は静々と入港して儀典が行われると。

 平日だったから私は行けなかった。

 まあ両親も事後処理があったから、帰宅したのは翌々日だった。


「まあぁぁっ、めぐみったらきれいになって ! どういう変化 ? やっぱり彼氏ができたから ?」

「彼氏なんてできてませんっ ! 開口一番それですか、お母さん」

「だって、あんな親しそうしなデートな写真送ってきておいて、彼氏じゃないってことはないんじゃない ? ねえ、あなた ?」


 帰宅そうそうただいまも言わずに母が抱きついてくる。その上から父も。

 昔からオーバーアクションなんだ、うちの両親は。


「お付き合いなんてしてません。ただのゲーム友達です」

「ふーん、そうなの。じゃあそう言うことにしておいてあげる。でも、ちゃーんと紹介してくれるんでしょう ?」

「そうだぞ、めぐみ。大事な娘の命の恩人だ。きちんとお礼をしないと。一度ご両親にもご挨拶しないといけないな」



 そんな訳で、両親と私でアルのお家にお邪魔することになった。

 最寄りの駅までアルが迎えに来てくれる。


「はじめまして。山口波音なおとと申します。めくみさんとはゲームで仲良くさせていただいています」

 

 軽く挨拶してこちらですと案内される。

 両親がアルにどこの高校に通っているのかとかゲーム以外の趣味はとか、当たり障りのない質問をしてアルがそれに答える。

 10分ほど歩いただろうか、気が付くと見慣れた建物の前にいた。


「ここ・・・私が入院していた病院 ?」

「うん、僕の家はこっち」


 病院の隣に結構な広さの豪邸が建っている。

 表札はまさしく『山口』だ。


「はじめに聞いた時はびっくりしたよ。だって徒歩0分なんだもん」

「徒歩0分・・・確かにそうだわ」

「だから無理して通ってたわけじゃないんだよ。もう気にしないで、ね ?」


 どうぞと案内されるまま大きな門をくぐる。

 広い玄関は隣に小さな部屋があって、そこはシューズルーム、靴箱だという。

 アルってばお金持ちのご子息だったんだ。

 3LDKの我が家には呼ぶのは恥ずかしいかもしれない。

 応接室で待っているとアルとアルのお姉さんがやってきた。


七海ななみさん、おひさしぶりです」

「はじめまして。波音なおとの姉の七海ななみです。めぐみちゃん、お姉さまって呼んでちょうだい。波音なおとの大切なお友達ですもの。妹も同然よ」


 そこでノックの音がしてアルのご両親が入ってきた。

 両親は航海中に買っておいたお土産を渡し、受け取れないというあちらのお父様にいやいや気持ちですからぜひ、という小芝居繰り広げてから軽く名刺交換をしてソファに座る。


「失礼ですが、この聖愛人徳総合病院というのはお隣の・・・」

「はい、私はあそこの理事長をしております。家内は副理事長です」


 アル、大病院の息子さんだった。


「この度は私共の娘がご子息に助けていただきありがとうございました。またお嬢様には娘に色々気をかけていただき、感謝の言葉もございません」

「入院中には病院の皆さんにも手厚く看護をしていただいたと聞いております。それと航海中に娘から写真を送ってもらってびっくりしました。こんなに可愛くしていただいて、どうお礼をすればよろしいのか」

「息子は大切な友人にすべきことをしただけです。それに医療従事者が患者様に真摯に向かい合うのは当たり前のことです。お嬢様はリハビリを人一倍頑張りました。本当なら半年はかかるところをたった10日で復帰してしまった。素晴らしい努力です」


 延々と続く感謝とお互いの子供への称賛の掛け合いに、アルも私もいたたまれない。

 そこへ七海ななみさんが助けの手を出してくれた。


「ねえ、波音なおと。よかったらアロイスを紹介してあげたら ?」

「ね、姉さん !」

「アロイスって ?」

「うちの家族の一員よ。めぐみちゃん、犬は苦手 ?」

「大好きです !」


 アルが嫌そうな顔をしている。


「ホラ、行ってらっしゃいよ。ちゃんと紹介するのよ」

「あ、ああ。じゃあ、行こうか」


 アルは私の手を引いて部屋を出た。


「ねえ、アル。アロイスって名前はもしかして・・・」

「うん、うちの犬の名前。とっさに出てきたのがそれだったんだよ」

「私の友達の霊名と同じね。きっとすごくその犬さんが好きなのね」


 アルが恥ずかしそうにニッコリ笑って扉の一つを開けた。

 そこにいたのは・・・。


「フェ、フェンリル ?!」

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