第698話


 日常と呼べる日ならば、辺りは朝日の柔らかな日差しと小鳥の囀りの鳴き声にでも包まれているであろう神木の下。

 然し、現在は俺とスラーヴァの決戦の行われていて、辺りは神木からの不自然な光と打ち合う刃の不快音に包まれ、此処が現世である事を疑いたくなる世界が広がっていた。


「行くぞ‼︎」

「っ・・・‼︎」


 怒号を響かせ俺との間を一瞬で詰めるスラーヴァ。


「ぅ・・・」

「ちっ‼︎」


 眼前のスラーヴァ呼吸の乱れに、鏡の中の自身を見てるかの様な感覚になり、息を吐く勢いで舌打ちをする。


(実際、千日手の様な此の状況は不味いな・・・)


 消耗だけを繰り返す俺とスラーヴァ。

 此のままでは不意の決着もあり得るし、其れは何とか避けたかった。


(其れは生命の危機を単純に上げる事になるからなぁ・・・)


「考え事か‼︎」

「っ‼︎」


 視線は外さずスラーヴァの指先の動きさえ見落とさない様にしていた俺。

 然し、スラーヴァは俺に察知されない程僅かな、細胞レベルの動きで間合いを詰め・・・。


「そらぁ‼︎」


 左肩でのショルダータックルで、俺の胸元を突いて来る。


「ぐっ⁈」


 呼吸の詰まりを感じたのも一瞬。

 崩れ落ちそうになる体勢を整える事に集中した足は、踏み込みを想定した運びが出来ず、反射的に愛刀を手にする腕に魔力を流すが・・・。


「かぁーーーぁぁぁ‼︎」

「っっっ‼︎」


 透明な大気に白銀一閃。

 振り下ろされて来た妖刀の斬撃を、黒刃と腕の力だけで受け止める事になる。


「な・・・‼︎」


 飛び散る砂粒大の刃毀れ後。

 

(やば・・・‼︎)


 寿命が迫っているのは知らされていたが、此の闘いを持ち堪えられないとは・・・。


(然し、白夜と打ち合える武器など、此奴以外には無いし、神木によりこんな影響が出る事を知ってから新しい得物を準備する期間など無かったし・・・)


 然も、魔力を流しているとはいえ、斬撃を受け止めた黒刃は眼前毛一糸程の距離。

 次の斬撃を受ければ、黒刃が耐えれるのか?

 其れどころか、耐えれたとしても、勢いで頭を叩き割られる可能性もある。


「どうやら・・・‼︎」

「っっっ⁈」


 此れで終わりとでも続く台詞を吐き始めたスラーヴァ。

 然し、此の好機を逃す様な愚者では無いらしく、スラーヴァは其の後句は吐かずに、白夜を振り上げ・・・。


「っっっ‼︎」


(此奴‼︎)


 妖しく光る白夜の刃に、俺はスラーヴァが白夜へと魔力を流した事を理解する。


「はあぁぁぁ‼︎」


 卑怯者とでも叫んでやりたかったが、此れは朔夜と白夜の特性の差。

 無駄な事に時間を使わず俺は一か八か、黒刃を構えて振り下ろされた白刃の斬撃を迎え撃つ。


「ぐっ・・・、があぁぁぁーーー‼︎」


 衝撃で後方に吹き飛ばされる俺の視界に広がるのは砕け散る朔夜の黒塵。

 後方に転がった事で、運良く白刃の餌食になる事は避けれた俺。

 然し・・・。


「っ・・・」


 手にする柄の先の黒刃は、既に拳一つ程の刃しか残っておらず、闘いに使える物では無くなってしまった。


「辞世の句は?」


 此方を見下ろしながら、ゆったりとした歩みで俺との間を詰めるスラーヴァ。


「・・・」


 悠然とした態度でスラーヴァが告げて来た言葉には応えず、俺は脳裏へと流れて来る仲間達の顔に想いを馳せる。


(皆んなならきっと勝ってくれるだろうし、此奴もきっと・・・)


 道が開かれた先に居る創造主。

 其奴を倒さなければ、此の世界の在り様を変える事は出来ないが、眼前に立っている宿敵ならば其れを達してくれるだろう。

 其れに、万が一此奴が負けても・・・。


(その後の世界は、きっと・・・)


 日々、成長して来て、この先の未来もきっと俺の誇れる存在になってくれるであろう三人の宝達。

 あの子達ならきっと、俺が居なくとも世界を守ってくれると信じられた。


「何かあれば?」

「必要無い・・・」

「ほお?」

「俺の意志はしっかりと次代が達してくれるだろう」

「・・・なる程な」


 俺の言葉に一つ頷いたスラーヴァ。


「ならば、私は創造主を倒し・・・、其の刻を待つとしよう」


 俺を見下ろす双眸に、決意の炎を灯して白夜を振り上げたスラーヴァ。


(頼んだぞ、皆んな・・・。ローズ‼︎)


 最期の刻に脳裏に浮かんだのは、最愛の妻の顔。

 然し、此の状況にも関わらず、其の表情は穏やかさの中で、俺を信頼しきっている其れ。


(・・・‼︎)


 あの日から変わらぬローズの気持ちに、俺は穏やかな旅立ちを理解する・・・。


「さらばだ・・・」

「・・・」

「はあぁぁぁ‼︎」


 いよいよ終わりの刻と振り下ろされる白夜の刃。

 次の瞬間・・・。


「っっっ‼︎」


 視界を染めた紅。

 其れは頭から流れ落ちて来る鮮血の色。

 其れを払った先、映ったのは・・・。


「あ・・・、がっっっ‼︎」


 其の胸元を細身の剣で貫かれ倒れるスラーヴァなのだった。

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