第696話


「そろそろか・・・」


 前方に見えて来る神木も大きくなり、自身の身体を染める其処からの輝きの色も増す。

 此処迄迫ったなら、そろそろ背中に広げた闇の翼も消滅しまうだろう。

 そう思い闇の翼をたたみ地上へと降り立った俺。


(魔法は使えないのはお互い様だが、彼奴は俺より剣技で優れているからなぁ)


 正直、魔法ありの勝負なら、彼奴に負ける可能性は皆無といっていいが、剣術勝負となると話は別。


(まぁ、魔力の差はあるから、魔力を流しての身体能力なら此方が上といえるが・・・)


「・・・」


 最大の武器となる朔夜の柄に手を添え、手触りを自身の指先に馴染ませる。


(もう暫く頼むな・・・)


 まるで応える様に伝わって来た感触に、既に愛刀と呼んでいい程使い込み、寿命の迫った得物にそんな風に心の中で返す。


「・・・ん」


 僅かに肌にピリつく様な風が触れ、魔法を詠唱出来なくなった事を理解する。


(さて・・・、どうしたものかな・・・)


 決戦の地が決まってから、この刻迄、そう長い時間は無く、魔法も使えないという条件の為、有効な策も編み出せず此処迄来た。

 然も、地形でいえば神木があるだけでほぼ開けた土地の為、何かを仕掛ける術も無い。


(そもそも搦手で勝っても、その先の他の種族への示しがつかなくなるしな)


 せっかくブラートの纏めてくれたエルフ族との交渉。

 勝ち方にも拘らなければ、力を重視するという彼の一族に此方がどう映るか分からない。


(まぁ、変に時間が有るよりは良いのかな?)


 時間が有れば、其れは相手にも準備の期間を与えるという事。

 ムドレーツがスラーヴァに対して、どの程度協力的なのかは不明だが、奴に優位に立たれるのだけは避けたいからな・・・。


「・・・」


 そんな風に意味の有るか無いか判断つかない様な思考を巡らせながら、然し、歩みは着々と進めていると、いよいよ辿り着いた神木の下。


「来たか・・・」


 頰に触れる大気に同化する様な声に、また奴の魂と触れ合っているのかと勘違いしそうになるが、其れは発する者の落ち着きの為だろう。


「スラーヴァ・・・」


 此方へと声を掛けて来た男は、全ての大気に逆らわぬ様に静かに神木の下、佇んでいた。


(幻想的だな・・・)


 此れから命のやり取りをする相手に抱く感想として適当では無かったが、鍛え上げられた体躯に、素性を隠し切る仮面。

 腰の妖刀の鞘を触れる其の立ち姿に、そっと掛かる神木からの光のヴェールがそんなミスマッチな雰囲気を醸し出していた。


「どうした?」

「ん?何がだ?」

「いや、そんなに見つめられると・・・、な?」


 そんな事思ってもいないだろうに、照れた様な仕草を見せたスラーヴァ。


「別に・・・」

「・・・」

「隙を探っていたんだ」

「ふふ、なる程な」


 そんなスラーヴァに俺もまともに答える必要は無いと、それなりの返答をすると、奴の仮面から覗く口元にも意味の無い笑みが浮かんだ。


「今頃始まっているかな?」

「だろうな・・・」

「心配にならないのか?」


 此方は我が子も参戦している為、俺の冷めた様な返答にスラーヴァは意外そうな声を上げて来る。


「あぁ」

「ほお?」

「俺の仲間は必ず勝ってくれる。そう確信してあるからな」

「なる程な」


 俺の答えに軽く応えるスラーヴァ。

 此奴にとっては仲間と呼べるのはエルマーナだけだろうし、此奴にとっては他の連中の勝利など、自身が創造主へと挑む為の下準備程度にすぎないのだろう。

 其れが何の感情も感じさせない様子に現れていた。


「まあ・・・」

「始めるか」

「うむ」


 互いに鞘から刃を抜いた俺とスラーヴァ。

 同時に抜かれた其れは、夜空を染め上げるかの様な闇色と、其処に妖しく浮かぶ月の白銀の対照的な輝きを放ち、其処だけ神木から発された光を打ち払った。


「・・・」

「・・・」


 静寂の中で重なる漆黒の双眸。

 一閃、駆け出す為に弓を絞る様に深く身体を沈めた俺とスラーヴァ。

 俺達は心を重ねるかの様に、互いの双眸の奥を探るのだった。

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