第691話
「ねえ?」
「・・・ぉ」
「え?何?ハッキリと喋ってくれないと聴こえないわよ?」
「・・・」
微妙にあった距離を縮め、刃の周りを歩きながら精神攻撃を仕掛ける凪。
(まぁ、精神攻撃は言い過ぎで・・・、揶揄いみたいなものだが・・・)
それでも、効果は覿面で、凪は刃に対して完全に優位を取っていた。
「ふふふ」
若干悪い表情で調子に乗った笑みを浮かべる凪。
「・・・っ」
せっかく上げた視線を再び落とし、俯き加減で奥歯を噛み締める刃。
(流石に助けて問題無いだろう・・・)
先程迄の刃が口を開けない状況を俺が助ければ、其れは刃のプライドを傷付け、凪を失望させる事になっただろうが、現状は完全に凪が揶揄いにシフトしていて、これは逆に俺が助けるべき状況だろう。
「お・・・」
そう思い、俺が凪を止めようと前に進み出た・・・、瞬間だった。
「凪っ」
「え?・・・ママ?」
少し怒った様な声で凪の名を呼んだのは屋敷で準備をしていたローズ。
「っ‼︎」
その声に顔を上げた刃は、凪の位置からは丁度見えていないらしい、ローズの影に隠れた同行者に気付いたらしく、小さな掌を血が出らんばかりの力で握り締めた。
「・・・」
(颯・・・)
俺の位置からも確認出来た同行者は、屋敷でローズから次期当主としての役割を学んでいた颯で、刃の存在とその様子に気付くと、気を遣って視線を外したのだった。
「貴女の方がお姉さんなのよ?駄目でしょう?」
「え〜‼︎」
「え〜、じゃないの」
「むぅ〜・・・」
怒った声色で現れたローズだったが、冷静な口調で凪を諭そうとし、凪も最初は不満そうな声を上げたが、最後には頬を膨らませながらも刃から少し距離を取ったのだった。
「貴方もごめんなさいね?」
「・・・」
刃の事は演武会で目にしている筈だし、その存在も知っているローズ。
然し、ここら辺はアンジュとは対照的で、子供にする対応ながら、いきなり名前で呼んだりして距離を縮める事はしなかった。
「ローズ。この子は・・・」
然し、此処はリアタフテ領内のリアタフテ家の屋敷。
当然、刃は関所で手続きをして領内に来たりはしてない筈で、俺がちゃんと紹介する必要がある。
そう思い、刃の背に手を置いた俺だったが・・・。
「刃=真田です」
「・・・」
領内への不法侵入に付いては触れなかったが、刃が自身の足でローズの前へと進み出て、しっかりとした口調で名乗ると、ローズは一瞬の間だけその姿を観察する様にし・・・。
「私の名はローズ=リアタフテ。現リアタフテ家の領主よ。貴方が刃ね・・・」
「はい」
「まあ、司の子を罪に問う訳にはいかないし、今回の件は私の心の中に留めて置くわ」
「ありがとうございます」
「・・・」
ローズから現状の問題点を告げられ、然し、其れに許しを与えられた刃。
互いに複雑な感情はあるだろうが、刃が頭を下げて礼を述べると、ローズは自身の背後に居た颯の為に前を空けたのだった。
「颯=リアタフテです」
「・・・うん」
ローズも挨拶をさせない訳にもいかずに颯を刃の前に出したのだろうが、この二人はローズと刃の関係よりも複雑なものがある。
「・・・」
「・・・」
名乗った颯と頷く刃。
二人の重なる四つの漆黒の瞳と、其れ等が生み出す視線の打つかり合い。
其れによって形成された微妙に張り詰めた空気が、颯と刃の互いに抱いている複雑な感情を物語っていた。
(まぁ、最低限果たすべき責任は果たしたのだし、今回はこれで良いだろう・・・)
流石に互いに男というのもあるし、単純に時間が解決してくれるものでも無いだろう。
何か状況を変える手が有れば良いのだが・・・。
「・・・」
そんな事を挨拶を終え、後ろに下がろうとした颯の後頭部を眺めながら考えていた俺。
二人の視線が外れた事で、周囲の空気からピリついたものが消えそうになったが・・・。
「待ってくれ」
「・・・何?」
颯を呼び止める刃。
何処か冷たいものを感じる様子で振り返る颯。
せっかく消えそうになった緊張感が、再び二人の間に流れ始めたのだった。
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