第690話


「ふんっ」

「・・・」


 二人の様子を確認すると短く鼻を鳴らし、フォールの腕を引き離れて行くシエンヌ。

 その背は予定通りと物語る様な堂々としたもので・・・。


(ありがとうございます、シエンヌさん)


 俺はその背に心の中で感謝の言葉を告げたが、シエンヌの背はもう一度鼻を鳴らした様にも見えた。


「・・・」

「・・・」


 さっきの同時に怒りの声を上げた反応が嘘だったかの様に、また凪と刃の間には静寂が流れたが・・・。


「何の用よ?」


 珍しいというのもなんだが、どうやら凪の方が折れた様で、腕を組み、横目だけで刃を見据えながら場の静寂を破った。


「別に・・・」


 此方も珍しくその視線から逃れる様に、俯き加減になり、僅かに刻まれ始めた自身の影を見つめた。


「ええ?」


 そんな刃の様子に、若干ガラの悪い声を上げた凪。

 その可愛らしい顔の眉間には苛立ちが刻まれ始め、刃は其れを感じて、肩迄丸めてしまった。


(初対面の時は本当に小さかったからなぁ・・・)


 二人の初対面の時は、フェーブル辺境伯領で開催された演武会。

 まだまだ子供の二人だが、その時は今よりも精神的にも子供で、特に当時の刃は性別への意識に目覚める前だった。


(今はあの時の様に女の子に対して強く出たりは出来ないし、一方的に言われるままだからな)


 似なくて良いところばかり俺と似てしまった刃。

 せっかくシエンヌの作ってくれたチャンスなのだし、助け船をだしてやりたいところだが・・・。


(刃のプライドも傷付けたくは無いし・・・)


 先程迄なら、互いに口を開けなかった二人という状況だったが、現状、凪は刃に用件を問い質しているところだし・・・。


(何より、此処で俺に助けて貰う様な者を、凪はこの先永遠に対等に扱う事は無いだろう)


 そう考えると、互いの為にも、此処は刃に頑張って貰うしか無い状況なのだ。


「・・・」


 そんな状況の中。

 いよいよ、凪の顔に苛立ちを通り越し、呆れが姿を現し始めた・・・、次の瞬間。


「っ・・・」


 刃の小さな後頭部が僅かに震え、然し、其れは一瞬で止まり・・・。


「お前・・・」

「・・・」

「闘いに行くんだろ?」

「・・・」


 しっかりとその双眸の先に凪を見据え、固く結んでいた口を開いた刃。


「お前じゃ無いわ」

「っ‼︎」

「・・・」

「・・・」


 然し、凪は素っ気ない態度のカウンターで、二人の間には再び、刹那の間の静寂が生まれたが・・・。


「凪よ・・・」


 其れは、生み出した凪によって払われた。


「え・・・?」

「凪=リアタフテ。そんな事も覚えられないの?」


 その真っ黒な目を大きく見開き、微かに声を漏らした刃。

 凪は少しだけ表情にあった不快感を消し、見ない様にしていた刃の方を向いたのだった。


「知らなかっただけだい‼︎」

「・・・」

「お前になんか興味無いからな‼︎」


 凪からの馬鹿にしたというより、子供扱いする様な態度。

 この年頃の男女には有り勝ちな事だったが、刃は食って掛かる様な態度で其れに応えた。


(でも、それだと・・・)


 俺は同性の視点から刃の対応の不味さに気付いたが・・・。


「へぇ〜・・・」

「な、何だよ‼︎」

「アンタ?名前も知りもしない相手に何の用が有るのよ?」

「っ⁈」


 凪からのツッコミに驚愕の表情を隠せず、絶句してしまった刃。


(まぁ、まだまだ子供って事だよなぁ・・・)


 勿論、二人とも子供なのだが、凪は立場や女の子である事から、たった一つしか歳の違わない刃よりかなり大人なのも事実。


「ふ〜ん・・・?」

「・・・」


 完全に其処から不快感は姿を消し、若干嗜虐的な愉快なものが現れた凪の表情。

 刃はというと対照的で、蛇に睨まれた蛙よろしく、其の双眸は震え、不安な色に染まっていたのだった。

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