第655話


《ぅぅぅ・・・》

「・・・」


 苦しむ様な低い声を漏らすチマー。

 俺は散々掛けた呼び掛けは既に止め、チマーの身体を激しく揺らさせ無い様に気を付けながら、空を翔けていた。


(休息しながらも疲労は溜まっていたから、中々厳しいんだが・・・)


 チマーを地上に降ろし、意識を取り戻させる様に語り掛けていたのは一時間程。

 結局、チマーの意識はハッキリとしたものになる事は無く、それどころか苦しむ様子をみせはじめ、俺は仕方なく警戒をしながらも移動を再開したのだった。


(一応、聖跡に芽吹く蒼薔薇の息吹を掛けておいたが、効果が現れなかった事を考えると、操られている訳では無いのだろうな?)


 そうなって来るといよいよ記憶の障害という事になって来るが・・・。


(子供達に会わせて回復する可能性はどの位あるだろうか?)


 せめて、少しの間でも子供達を表に出して休みたいという気持ちもあったが、チマーがもし子供達の事を忘れていたらと考えると、其れを実行するのは危険と考え、結局此処迄来てしまっているのだった。


(とにかく、こうなったら速度を上げて・・・)


 俺がチマーをなるべく刺激しない様に、静かに眼下の様子を確認しようと、視線を向けると・・・。


《う・・・》

「お・・・」

《ぅぅぅ・・・》


 此処に来る迄の間、俺の漆黒の衣に捕われ、苦しみながらも、一応大人しくしていたチマー。

 俺もこの調子ならば、一応島から出る迄か、或いは転移の護符が使用出来る場所に着く迄大人しくしていてくれると思ったのだが、視線の先のチマーは、其の巨体に闇のオーラを纏い、視線を落ち着き無く動かしていた。


(辺りを探る理由は・・・)


 考えられるのは、記憶の混濁の所為で、意識がハッキリとしていない為だろうが、良くない状況なのは確かだろう。


(此奴に暴れられたりしたら、不味い事になるからな・・・)


 此奴と俺は単純な力関係でも明確な差があるのに、持っている闇の因子の力関係の所為で、俺の闇の魔法はチマーに通用しないのに、チマーの攻撃は俺を一撃で沈められるものなのだった。


(どうする?放り出すか?)


 そんな、本心では決して実行出来ない事を無駄に考えたが、実際問題どうするか決断する必要がある。


(先制攻撃で森羅慟哭を喰らわせて、動きを封じてやるか?)


 チマーの意識がハッキリして、俺の事を理解出来たなら問題無いが、そうでないなら、此奴に通用しそうな可能性のある魔法は其れくらいのものだろう。


(まぁ、此奴が魔流脈の強さも信じられないくらい強力な可能性も有るが・・・)


 そうなると、いよいよ逃げるしか手が無くなるが、俺は一応静かに詠唱を結ぼうとした・・・、次の瞬間。


《あああぁぁぁーーー‼︎》


 苛立ちを発散するかの様な絶叫と共に、チマーは闇のエネルギーを巨大な弾丸にして放つ。


「っ⁈」


 口から放たれた其れは、溜める様な動作も無く発されたのにも拘らず、進行方向にあった10メートル程の岩山に着弾すると・・・。


「っっっーーー‼︎」


 正面から届いた轟音は身体を貫き、背中一面に振動と共に響き渡り、爆風に閉じていた瞼を開くと、視界に飛び込んで来たのは・・・。


「あ・・・、ぁぁぁ・・・」


 先程迄、誇らしそうに存在していた岩山は既に影も形も無く、それどころか、進行方向の先の大地が激しく抉られた光景だった。


(無詠唱に等しい間であの威力の攻撃をするとなると・・・)


 勿論、最初から此奴に敵うなんて馬鹿な考えは無かったが、現実に見せつけられた実力差に、とにかく、闘うという事だけは避けなければならないと理解させられた。


《・・・》

「っ⁈」


 晴れない気持ちの苛立ちを、弾丸という形にして発散した事で落ち着いたのか、此方を見上げて来たチマーの双眸は、先程迄よりハッキリと焦点が合っていた。


(よ、良し・・・)


 決断を下す為に、俺は覚悟を決め声を掛ける。


「チマー?どうだ、落ち着いたか?」


 そんな俺にチマーは・・・。


《・・・ふふふ》


 厭らしさを感じる態とらしい笑みで応えて来たのだった。

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