第653話


「くっ・・・」


 光を避ける様に翳していた腕を下ろし、ゆっくりと瞳を開く俺。

 視界に映る世界は闇を取り戻していて、僅かな時の間の急激な状況の変化に、俺は軽く首を傾げた。


(身体も動くな・・・)


 子供に仕掛けていたものから、大規模な変化を疑ったが、身体は重さは変わらず残っているが、特段の変化は感じられなかった。


(そうなると・・・)


「剣」


 身体に変化を見付けられない以上。

 疑うべきは周囲の環境の変化。

 俺は魔法の詠唱が行えなくなっていないか、闇の刃を詠唱してみたが、何の問題なく生み出されたのだった。


(まぁ、空を飛べているんだから当たり前か・・・)


 攻撃魔法なら衝撃波の様なものが伝わって来ただろうし、それが一切無く、あったのは強い光が広がったというだけ・・・。


「う〜ん・・・」


 ただ、そうなって来ると、あれ程の大規模な詠唱でどんな効果があったのだろうか?


「チマーは?」


 俺は其れを喰らったであろうチマーを探すと・・・。


「っ⁈」


 自身の眼下に漆黒の巨体を大地へと寝かせたチマーが居たのだった。


「おい‼︎」

《・・・》


 俺からの激しい呼び掛けに、ピクリとも反応を示さないチマー。

 巨体に刻まれていた閃光による魔法陣が消えている為、何らかの魔法を喰らった可能性が高いが・・・。


(チマーはもしかしたら無事でないのかもしれない・・・、けど)


 正直、何の為にチマーを倒す必要があったんだろう?


(終末の大峡谷に態々スヴュートを狩りに行ったんだから、チマーを倒す為の準備をして此処に来たんだ)


 何か理由があるのは間違い無いのだろうが、其れを確認しようにも、閃光による詠唱が終了したのに、当のルグーンは姿を消してしまっていた。


「・・・」


 流石にチマーが死んでいたとしても、その遺体をこのままにはしておけない。


「守人達の狙いが、スヴュートの時の様に闇の因子の可能性もあるしな」


 其れならば、俺の闇魔法が一切効かなくなるだろうし、チマーを狙った理由にならなくも無い。


「まぁ、チマーに勝てるなら、俺に負ける可能性は無いんだけどな」


 そんな風に自身の落ち着きを取り戻す様に思考を巡らせる。


「其れに、子供達に手を合わせる存在をこのままにはしておけないしな」


 大地で見下ろし倒れるチマーに動きがない事を確認し、俺がどう運ぼうかと考えながら地上へと降りていくと・・・。


《・・・っ》

「チマー‼︎」


 其の巨体に似合わぬ、僅かな身体の揺れに其の名を叫んだ。


「無事だったのか‼︎」


 未だ動きの鈍い身体に鞭を入れ、チマーの下へと急ぐ俺。


「おい‼︎チマー‼︎」

《・・・》


 其の眼前に立ち、鼻先を持ち揺らしながら必死に呼び掛けるが、チマーは先程の揺れが見間違いだったのではと思う程、何の反応も示さなかった。


「っ‼︎」


 腰のアイテムポーチに乱暴に手を当て、取り出した傷薬をかけるが何の反応も無い。


(此れはマジックアイテムから外れた物の筈だし、傷によるものじゃないのか)


 チマーには確かに目立った外傷も無いし、理由は別にあるのだろう。

 そうなると、此奴を診てやれるとすれば、先ずはアポーストルなのだが・・・。


(彼奴はヴィエーラ教の総本山に行ったとしても、其処に居る可能性はそう高くないだろうしな)


 そうなると、次はラプラスかフェルトだろう。

 ラプラスは医者では無いが、こういう事に対する知識はある可能性がアポーストルに次いで高いし、フェルトは今迄、複数の神龍達の解体もして来てるし、神龍の身体の構造に対する知識はあるといえるだろう。


「此奴をこのままにはしておけないし、門に入れる事は流石に厳しいからな・・・、衣‼︎」


 俺は取り敢えず転移の護符が使用出来る所迄、自力で運ぶしか無いとチマーの巨体に漆黒の衣を巻き付けたのだった。

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