第647話


「っ・・・⁈」


 余裕で応えていたルグーンに、其れを見てもチマーは冷静そのものだったが、直前の落ち着いた口調で吐いた強烈な言葉は本気だったらしく、チマーが僅かに構えると、周囲の大気が振動し始めた。


「・・・」


 周囲の大気の振動も理解出来る程の闇がチマーへと集まっていき、幼子の其れの身体を包んでいく。


〈ふふふ、此れは・・・〉


 其れを阻止する事もせず、感心した様な声を漏らしたルグーン。


(ただ、その気持ちは分からないでも無いが・・・)


 そんな事を思ってしまう程、チマーを覆いっていく闇の力は強大なもので、力を求める全ての者を惹きつけるものを感じた。


(だけど、本当にどうするつもりだ?)


 その疑問しか浮かばない程、チマーの力は絶対的なもので、先程迄の戦闘ではルグーンは一方的にやられていただけだった。


(確かに、あの攻撃を受けても魂迄は滅びなかったムドレーツの創り出したものは凄いが、チマーとルグーンの力の差をひっくり返す程のものは流石に創り出せないだろう・・・)


 そんな疑問で俺の頭の中が満たされると、チマーを覆う闇もまたその全身を完全に包み込んでしまっていた。


「でも・・・?」


 最初はチマーへと集まっていた闇は、その身を包み込んでしまうと大気の振動は収まり、今度はその闇が広がり始めてしまった。


(あれを集束させて、放つつもりかと思ったが違うのか?)


 先程放った一撃よりは規模こそ小さいが、力そのものは強力なものを感じたのだが、チマーは其れを放つ為に発していたでは無いらしい。


「ほぉ・・・、此れは此れは」


 自身を殺そうとする相手が、その準備を整えているのに感嘆の声を漏らすルグーン。

 然も・・・。


〈ふふふ。どうですか、真田様?〉

「何がだ?」

〈此の究極ともいえる力を目にしてですよ?〉


 それだけではなく、俺に感想迄求めて来たのだった。


「別に・・・」

〈ふふふ。余りの力に、感情を失ってしまいましたか?〉


 素気無い俺の返答に、ルグーンは態とらしい調子で挑発して来るが・・・。


「お前こそ、自分を滅ぼす力に対して感動しているだけで良いのか?」

〈はい?〉


 俺は奴の狙いを探ろうと挑発的な言葉を返すが、ルグーンは惚ける様な口調をみせた。


「・・・」

〈ふふふ、そうですねぇ・・・〉


 俺がそんな態度を無視する様に無言を貫くと、若干仕方なさそうに口を開いたルグーン。


〈ですが、せっかく同じ刻に生まれ出でたのです。其の力を目にしたい欲求はありますよ?〉

「意外だな・・・」

〈そうですか?〉

「あぁ。お前は少なくともそんな交戦的な奴だとは思わなかったよ」

〈ふふふ。そうですねぇ、確かに私も出来る事なら真田様とは闘う以外の道を選びたいですよ〉

「勘違いするな。交戦的ってのは、お前が真っ正面から力と力の遣り合いをする様な奴では無いという事で、お前ならチマーに力を発揮させない為にもっと下劣な方法選ぶと思っているだけだ」

〈ふふふ、非道いお方だ〉


 俺の発言を自身にとって都合良く解釈したルグーンを冷たく遇らう。


〈私は楽園にいる時にはあの御方の下で過ごしていましたので、あの御方に匹敵するといわれる始祖神龍の力は一度くらいは目にしておきたいですしねぇ〉

「楽園で見る事が出来たんじゃないのか?」

〈いえいえ。流石に楽園の中でも、此の方に全力を発揮させる者など居ませんので〉

「お前は、其れを知ったとしても、直ぐに滅びるだろうがな」

〈ふふふ。其れは・・・、さて?〉

「・・・」


 やはりただの自殺志願ではなく、何か狙いがあるらしいルグーン。


(でも、未だ特殊な魔力の流れも、何かを取り出す仕草もない)


 俺は光へと視線を向けるが特段の変化は無く、何方といえばチマーを中心に広がった闇の巨大さの方が眼についた。


《話はもう良いかい?》

「っ⁈チマー・・・?」

《ああ、そうだよ司》

「お前・・・」


 俺が闇の広がり驚いていると、其れに気付いた様に声を掛けて来たチマー。

 然し、其の声は先程迄の幼女の其れを残しながらも深く低く、何よりその発声の度に大気に振動を感じた。


《どうしたんだい?》

「も、もしかして・・・?」


 僅かに頭を過った可能性に応える様に、広がった闇の中から覗いた巨大な漆黒の頭部。


《ああ、気付いたんだね》

「っっっ⁈」


 此方を見上げた巨大な龍の持つ闇色の双眸から発される視線に、俺は全身が固まり身動きが取れなくなってしまうが・・・。


《此れがボクの本来の素顔さ》


 チマーはそんな俺に、軽い調子で告げて来たのだった。

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