第644話


「あれ〜、司?もしかして、ボクが負けるとでも思っていたの?」

「そ、そんな事は無いが・・・」

「ホントに〜?」

「おう、当然だろ?」

「ふ〜ん・・・」

「・・・」


 何処かその表情に悪戯っぽいものを込め、俺を見上げて来るチマー。

 既にその声色に、先程迄の底知れぬ恐ろしさは無く、いつもの少女の其れに戻っていた。


「ルグーンは?」

「消えちゃったね」

「・・・」


 短く応えたチマーに奴の居た場所に視線を向けると、跡形も無いとは此の事という、先程迄チマーが激しい力を行使していたとは思えない程の周囲と比べて何の違和感も感じられない光景が広がっていた。


「魂の存在を感じないし、消滅しちゃったみたいだね。勿論、その為に司を巻き込まない様にしながらも、巨大な力を行使したんだけど」

「そうだったか・・・」


 ある程度理解はしていたものだが、改めて言葉にされると、納得する様に言葉を漏らす事しか出来ない。


(それ程に絶対的な力で、其れに抗う事が出来ないものだし、俺の理解を超えたところにある力だからなぁ・・・)


「ふぅ〜・・・」


 そんな風に考え、短く溜息を漏らした俺。


「何?司は何もしてないでしょ?」

「・・・」


 態と非難する様な声を上げるチマーに、俺は反撃する気力も無く無言になる。


(本当に疲れているんだよ・・・)


 口を動かす事もせず、身体から息を出す事もせずに、心の中でだけ反論した俺。

 事実、子供達を深淵の底に隠し続けている事に加えて、先程迄の警戒態勢で精神、魔力、体力の全てが擦り減っている状態なのだ。


「ふふふ、嘘だよ」

「・・・」

「お疲れ様。もう、子供達を戻してくれて良いよ」


 そんな俺の様子に、笑みから悪戯っぽさを消し、慈愛を込めたものに変えたチマー。

 そして、門の原理をどの程度理解しているかは分からないが、チマーは俺の労をねぎらってくれたのだった。


「あぁ・・・」


 そんなチマーに力の無い声で応えた俺。

 子供達には、三人の子達の事も含めて難しい説明が待っている為、其れを考えてからの方がいいかとも思ったが、限界の迫る魔力に我慢も出来ず、地上に降りて子供達を表に出す準備を始めた・・・、次の瞬間。


「ん?」


 眼前の先程迄ルグーンが居た場所。

 其処に雫大の光が生じたのが目に入った。


(確かあれはさっきも・・・、でも・・・)


 チマーの力の巨大さに意識が飲み込まれる様になって、思考から消えていた其れが再び気になって仕方なくなる。


「・・・」

「チマー・・・?」

「おかしいな〜?確かに消滅させた筈なのに?」


 本当に不思議そうな表情を浮かべるチマーに、俺も何とも言い様がなくなってしまう。


「ルグーンの力か?その・・・、魂位相換?だったか?」

「う〜ん?其れは、こんな感じじゃないんだけどね〜?」

「其れって?」

「もっと単純で分かり易い力だよ。二つの等しい魂の位置を入れ替えるんだよ」

「其れって・・・‼︎」

「何?知ってるの?」

「・・・」


 チマーの説明に絶句してしまう俺。

 其の力は、正に俺とスラーヴァの魂を入れ替えた力なのだろう。


(もしチマーが俺の存在の違和感に気付く事があったとしても、其れを俺の口から説明する気にはなれないな・・・)


 正直、チマーとの関係性、其れに此の話をすると彼女の事なども話す必要がある為、軽々しく説明するに気はなれない俺だったが・・・。


「司?大丈夫?」


 そんな俺の様子に、子供達を守っていた事への負担が原因と思ったのか、チマーは心配そうに俺を覗き込んで来た。


「あ、あぁ・・・」

〈ふふふ〉

「っ⁈誰だ‼︎」


 そんなチマーに何とか応えた俺だったが、周囲に響き渡った下卑た笑い声に声を上げた俺。


〈ふふ、私の声を忘れましたか?本当に真田様は、非道いお方だ〉


 声はともかく、確かに無条件で嫌悪感を抱かせる仰々しい口調は忘れる事は出来ない。


「・・・ルグーン。貴様ぁ‼︎」

〈ふふふ、ええ。先程振りです〉


 眼前に生じていた雫大の光を見据え怒号を上げると、其れに応える声と共に、光が徐々に広がっていく光景が、瞳に飛び込んで来たのだった。

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