第618話
「ふぅ・・・」
やっと胸の痛みも治り、地面へと座り込めた俺。
「いよいよ・・・、七つ目かぁ」
その手元へと戻って来た大魔導辞典には、グロームから力を得た証である紋章が刻み込まれていた。
「倒したからって、元の姿には戻らないんだな」
大地へと倒れるグロームの身体は、留めを刺しても人型のままだった。
(魔石も他の神龍と比べると小さい位だな)
グロームの魔石は、先程迄の激戦で放っていた雷光に良く似た強烈な輝きを放ちながら、大地に鎮座していたのだった。
「ん?」
安堵感から少しいい加減になっていた警戒。
誰かが近付いて来る気配に気付く。
「司、無事か?」
「ブラートさん・・・。はい、何とか・・・」
「そうか」
気配の正体がブラートと分かり、安堵の表情を浮かべた俺に、ブラートは短く応えながら飲み物を地面に置いてくれた。
「ありがとうございます・・・。ふぅ〜・・・」
口をつけると爽やかな薫りがし、一気飲み干して吐く息からも心を落ち着かせる様な薫りがした。
「此れは?」
「特殊な配合のハーブティーだ」
「特殊な配合?」
「ああ。次第に身体を巡り、肉体や魔流脈の疲労に効いて来る」
「え〜と・・・」
「ふっ。非合法だが、危険な物では無いさ」
「そうですか・・・」
流石に今更毒を盛られる心配は無いが、ブラートから見た非合法には少し怖いものを感じた。
「そういえば、皆んなは?」
「皆無事だ。ただ、疲労が激しくて休んでいる」
「そうですか、良かった」
流石に同行者の中で魔力でブラートに敵うのは刃と凪くらいだろうが、二人はアンジュに頼んで住民達と避難させているので、闘いが終わった事はまだ知らないだろう。
「あれ?」
「明けて来た様だな」
「あぁ、なるほど・・・」
仲間達の無事を知り、気力も戻り立ち上がった俺。
すると、足下と辺りから闇が引いていき、大地には土や草が覗き、空には青が一雫落ち、其れが徐々に広がっていっていた。
「っ⁈」
「・・・激戦だったんだな」
「はい・・・」
空には自然な青が広がっていくが、大地には激戦の痕の抉られた地面や血の紅も見え、俺とグロームの闘いの激しさを示していた。
「じゃあ、悪いが俺は予定通り出発するぞ」
「え⁈もうですか?」
「ふっ、ああ」
話は聞いていたが、俺の中の予定では一緒にディシプルに戻ってからの出発だと思っていた。
「入国迄に踏む手順が多いからな」
「・・・」
「不確かとはいえ、決戦迄の時を考えると余計な移動はしたくない」
「・・・」
「ふっ、そんな顔をするな」
「ブラートさん・・・」
本人は覚悟を決めているのだし、俺もそれに応えなければならない。
そう思っても、同行出来ない為、不安が晴れてくれる事は無く、表情で其れはブラートに伝わっていた。
「此れは俺の背負いし宿命。必ず役目を果たし、戻って来るさ」
「宿命・・・」
「司も此れから最も重要な宿命が控えているんだ。しっかりやれよ」
「はい、分かりました。ブラートさんも」
「ふっ、ああ。互いに其れを果たし、もう一度酒を酌み交わそう」
「えぇ」
ブラートは努めて重い話にならない様に、掌を猪口を持つ様に掲げて告げて来て、俺も其れに応えたのだった。
「久し振りだね、司」
「あぁ、そうだな、アポーストル」
「・・・」
「・・・」
ヴィエーラ教総本山で会って以来となる再会に、事務的な挨拶だけをした俺とアポーストル。
然し、その後は妙な緊張感を漂わせ、互いに無言になってしまった。
「何じゃ、お主等?出された茶も飲めんのなら、他所で話をせい」
「学院長・・・」
此処はスタージュ学院の学院長室。
俺もアポーストルも用意されたお茶に口をつけない為、この部屋の主であるデリジャンは不満気に、顔に刻まれた皺を深くしていたのだった。
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