第611話


「あら?ソースついてるわよ、司?」

「あぁ・・・、すまない」

「っ⁈」

「むぅ〜・・・、ですわっ」


 俺の口元についたお好み焼きのソースを拭いてくれるアンジュを、恨めしそうに睨むフレーシュとミニョン。


「・・・」


 無言で此方を見ない様にするのは凪で、俺はしまったと思う。


「父さん、子供みたいだね。母さん?」

「ん?そうね・・・、はい」

「ありがとっ」


 楽しそうにアンジュと話すのは刃で、俺と同様に口元についたソースを拭き取って貰っていた。


「あら?凪」

「・・・何ですか?」

「じっとしててね」

「え?」


 視線を逸らしていた為見なかったが、凪も口元を汚していたらしい。

 気付いたアンジュは、同様に拭き取って上げたのだった。


「・・・ありがとございます」

「ふっふっふっ、どういたしまして」

「・・・」


 少しばつが悪そうに礼を述べた凪に、アンジュはいつも通りの対応で応えたのだった。


「あら?どうしたの、刃?」

「何でも無いよっ」

「そう?」

「・・・」

「司ーーー‼︎」

「ん?アクアか・・・」


 俺の名を叫びながら、此方へと駆け寄って来るアクア。

 風に靡くウェーブの掛かった髪の蒼色は、薄暗い辺りの闇に良く映えていた。



「でも・・・、本当にもぐもぐ」

「食べ終えてからにしろ」

「もぎゅ、もぎゅ・・・」

「・・・」

「ごくん・・・、はぁ〜。本当に暗いわね〜?」

「そうだな」


 此処は、現在常夜の日を目前に控えたアウレアイッラ。

 俺達一行は、決戦を前に祭りを楽しんでいたのだった。


「司、ちゃんと食べてる?」

「あぁ、普通にな」

「普通じゃ駄目よ、普通じゃ。グロームとの闘いを控えているのだから、ちゃんと腹ごしらえをしとかないと・・・。はいっ」

「いいよ」

「良いから?遠慮しないのっ」


 そう言いながら、屋台で仕入れて来たらしい大量の食べ物の中から、たこ焼きを爪楊枝で刺し、俺の口元へと運んで来たアクア。


(別に遠慮してる訳じゃないんだよ・・・)


 日頃なら、そう気にする事もなく、さっさと食べてしまってやり取りを終わらせるのだが、今は刃と凪が一緒に居るのだ。


「照れないのっ」

「照れては・・・」

「司さんが困ってらっしゃるんですわっ」

「困ってなんか無いわよね?」

「いや、困っ・・・」


 有り難い事にミニョンがフォローを入れてくれ、俺は断ろうとしたが・・・。


「ね?ほらぁ」


 アクアは自分で問う様な言葉を選んだのに、その答えも自分で決めて掛かったのだった。


「むぅ〜、ですわっ‼︎」

「そういえば‼︎」

「何々?」

「ルチ・・・」

「お〜い‼︎」

「あっ・・・」


 話を変えようと声を張り上げ、気になっていた事をアクアに問おうとすると、遠くから聞こえて来たのは俺がアクアに問おうとしていた人物のもの。


「どうしたの、司?」

「もう良いよ」

「ええー‼︎」


 その為、必要がなくなった問いを引っ込めると、アクアは不満気に食い下がって来た。


「ちょっと、僕を置いて行くんじゃないよ」

「ああ、ごめんなさいルチル」

「も〜‼︎」

「・・・」


 此処に到着して直ぐ、屋台の匂いに誘われて二人で連れ立って出掛けたルチルとアクア。

 二人は小柄な身体の何処にそんなに入るところがあるのか、不思議になる位の大量の食べ物を抱えていた。


(髪と瞳の色もだが、何となく雰囲気も似てるんだよなぁ)


 そんな二人の健啖家という、ルチルは昔から知っていたが、アクアに付いては今日知った共通点。


(似てないのは・・・、すまんルチル)


 絶対に其処には視線を向けない様にしながら、心の中でルチルに謝るのだった。

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