第605話


「どうするかなぁ・・・」

「どうしたの、司?」

「あぁ。空から確認してみようかなと思ってな」

「大丈夫だよ〜。ポーさんは僕の師匠なんだよ」

「あ、いや・・・、あぁ」


 どうやらルチルは、狙いを省いた俺の言葉に勘違いしたらしく、呑気な様子で応えて来た。


(リョートとアゴーニの事なんだがなぁ)


 奴等が以前と同じ住処を使用しているなら、島中央の盆地の底に居る筈だが・・・。


(ただ、奴等に姿を見せると、即戦闘開始の可能性もあるしな)


 二頭の魔石が終末の大峡谷から無くなり、年単位で時間は経っていたのだが、これ迄ザストゥイチ島へと戻る事をしなかったリョートとアゴーニ。

 その奴等が何故今更になって、此処に戻って来たのかは不明だが、奴等は他の神龍の様に、俺の存在に気付いて無視しておく事は出来ない可能性が高い。

 転生の時期は確実に決まったものでは無い為、スヴュートの件はともかくとして、ゼムリャーの件は無関係を装う訳にもいかない。

 その上、此処で二頭を狩るのは、流石に問題があるだろう。


「偵察でも何でも、さっさと行け」

「ケンイチ将軍」

「大っっっ‼︎将軍だ‼︎」

「・・・ケンイチ様」


 ルチルの時とは対照的に、俺をこの場から離れさせようとする子供の様なケンイチ。

 俺は義父からの圧力に、父親がアッサリ従うと娘である凪が微妙な気持ちになると思い、別の呼び方を選んだ。


「あらあらぁ、ふふふ」


 リールはそれが凪の件での嫉妬と判断してるらしく、面白そうに笑っていたが、ケンイチのこれはローズの時からで、未だ解決する事の無いものだった。


「とりあえず、上空に一度昇ってから考えるか・・・」


 俺が空へと翔け出そうとした・・・、次の瞬間。


「その必要は無いぞ」

「え⁈ポーさん」


 突如として掛かった声に視線を向けると、其処には探索から戻ったポーさんが立っていた。


「師匠っ」

「おお、揃いも揃ってどうしたんじゃ?」

「どうしたんじゃって・・・」


 この状況にも緊張感の無いというべきか?それとも達人特有の自然体というべきか?

 ポーさんはいつもの調子の口調で、勢揃いの理由を問い掛けて来たのだった。


「あれ?若頭・・・、姫迄居るじゃないっすか?」

「あー、バドーだー‼︎」

「お久し振りっす。大きくなりましたね」

「えへへ」

「ぐっ・・・‼︎」


 ポーさんに続き、戻って来たバドー。

 バドーのみが使う自身への特殊な呼称に、彼を出迎える様に駆け寄った凪。

 久し振りの再会に、成長を確かめる様に撫でられた頭を、もう一段背伸びをする様にしながら満面の笑みを浮かべていたのだった。


(これは、何の気も使っていない笑顔なんだよなぁ)


 ケンイチ同様、厳つい見た目のバドーだったが、その人当たりの良さと、人懐っこさから、我が家の子供達には人気で、人見知りの激しい颯も兄の様に慕っていたのだった。


(そして、ケンイチ。その表情を凪に見られると、より苦手とされるぞ)


 最愛の孫である凪と自身の右腕であるバドー。

 二人のやり取りを見ているケンイチの双眸には、嫉妬の業火が燃え盛っていた。


「ほお?千客万来だな」

「ユンガーさん」

「漢前が増したな?司」

「いえいえ」


 久し振りに会ったユンガーは、相変わらずの体躯を誇り、ケンイチとバドーという二巨頭が居るが、その二人と比べても一段上に感じられた。


「・・・っ⁈」

「どうしたっすか?姫?」


 俺達の会話の声に、此方へと視線を向けた凪。

 然し、その先に居たのがユンガーとあっては、先程迄の笑顔が、一瞬で驚愕と恐怖の表情に変わったのは仕方のない事だろう。


(体躯は勿論、その剃髪。然も、浅黒い肌が一段と威圧感を与えているからなぁ)


「ふふ、瓜二つだな?」

「えぇ」

「最後に見た時のローズが、そのまま現れた様だ」


 ユンガーが最後にローズに会ったのは、6、7歳の頃で、丁度現在の凪と同じ歳頃との事だった。


「名を教えて貰えるか?」

「っ⁈」

「凪?」

「・・・凪=リアタフテです」


 俺に促され、絞り出す様に応えた凪。


「そうか、俺の名はユンガー。凪のじじとばばと昔一緒に旅をしていたんだ」

「え・・・?」

「ふふふ、そうよぉ」

「凪の母にも昔会った事がある」

「ママに?」

「そうだ。丁度凪と同じ位の歳の頃にな」

「へぇ〜」


 ユンガーのケンイチやリール、そしてローズとの関係を聞き、少しずつだが恐怖感が消えていった様子の凪。


「ふふ、本当に似ているな・・・」


 そんな凪の様子を見て、ユンガーは昔を懐かしむ様に、先程と同様の言葉を漏らしたのだった。

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