第604話


「ダーリン」

「おお、戻っ・・・」


 リールについて行った先は、海岸から内陸へと進んだ先。

 其処にはサンクテュエール軍の紋章が刻まれたテントがあり、ケンイチは防寒耐火用の外套を纏いその前に立っていた。


「どうも」

「ちっ」

「・・・」


 俺の挨拶に秒で舌打ちをし応えるケンイチ。


(どうやら、俺しか目に入っていない様だな)


「何しに・・・、っ⁈」

「どうかしましたか?」

「凪たん」

「っっっ‼︎」


 角度的に最初は凪の事が視界に入らなかったケンイチ。

 然し、俺へと詰め寄った事で、俺の背に隠れていた凪を発見した様で、裏声を使い必死で威圧感を消しながら声を掛けていた。


(ただ、凪はというと、ズボンを掴む掌の力が増しているが・・・)


「凪た〜ん、どうしたのかなぁ?」

「・・・」


 最近、以前にも増して孫への溺愛が増えて来たケンイチ。


(リールは、ローズが子供の頃に構ってやれなかった反動だと言っているが)


 ローズが王都の幼児舎に通っていた時は、ケンイチも昇進に向けて余裕のない状況だったらしいのだ。


(まぁ、颯も勿論可愛がっているけど、凪は本当にローズに瓜二つだから、余計に思うところがあるのだろうなぁ)


「・・・っ」

「?」


 全く痛みは感じなかったが、凪の掌の力が増し、俺は足を抓られる感覚を感じた。

 然し、それも一瞬のもので・・・。


「お久し振りです。お爺ちゃん」

「おお、凪たん。こんなに大きくなって」

「もう。お爺ちゃんは全く会いに来てくれないんだものっ」

「ごめんよ〜、凪たん」

「ふふふ、あらあらぁ」

「・・・」


 ケンイチへと駆けて行った凪は、理想的な可愛い孫を必死で演じてあげていたのだった。


(まぁ、全て嘘でもないし、ツッコミを入れるのは野暮だろう)


 そんな事を思いながら、俺は暫くそれを眺める事にしたのだった。



「そういう訳でして・・・」

「そうだったのぉ」

「ポワンなら、ユンガーを連れて奥地に探索へ向かったぞ」

「そうなんだ〜」

「あらぁ、入れ違いだったのねぇ」

「でも、お前等で追う事はお勧めしねーな」

「え?ケンイチ将軍?」


 ケンイチがそうと言わなければ、直ぐにでも出発したであろうルチルは、不思議そうな表情でケンイチを見ていた。


「危険過ぎるからな」

「え〜、流石に僕も鍛錬を積んで来たし、此処に出るモンスターには後れを取らないよ」

「そういうところが甘いんだよ」

「う〜ん・・・」

「此処のモンスター達と一人で遣り合ったのは、島が平穏な状況でだろう」

「そうだけど?」

「此処のモンスター達は、本来永久凍土に炎の雨が降る状況こそ活動に適した状況なんだ」

「うっ」

「それに、ポワンの指導でサバイバル知識も得てるだろうけど、実際に此の状況になって、正確に得た知識を実践出来るかは別ものなんだよ」

「・・・」

「分かったら、大人しく帰りを待ってろ」

「は〜い」


 ルチルは不満気ではあったが、兄弟子にも当たるケンイチの言葉に素直に頷いたのだった。


「やはり、リョートとアゴーニが戻ったんですかね?」

「そうとは限らねえが、他の理由も見付けられねえよ」

「・・・」

「何だ?ビビってんのか?」

「そうですねぇ・・・」


 ビビってるは少し違うが、俺はリョートとアゴーニを狩って、然もアヴニールを連れ去った形になっている。

 二頭がその事に恨みを抱いていれば、面倒な事になる可能性はあるのだ。


(それに、俺一人の力で二頭を狩った訳では無いからなぁ・・・)


 あれから暫くの時が経ち、今の俺なら二頭を同時に相手にしても勝てると、胸を張って言えない事もないが・・・。


「パパなら楽勝だよね?」

「ん?どうだろうなぁ?」


 袖を掴み、見上げて来た凪に、決して否定はしない調子で応えた俺。


「ちっ」

「・・・」


 そんな俺の態度に、ケンイチはその感情を隠す事が出来ない様子だった。

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