第594話


「お主等には、いつも驚かされておるな」

「クロート様。此方にいらしたのですね」

「うむ」


 最近では、クズネーツの事を完全に部下に任せ、アウレアイッラに居る事の方が多かったクロート。

 然し、今日は此処に居たらしく、自身の数十倍は有る土槍の塔を見上げていた。


「そういえば、魔石・・・、有るな」

「ふむ。流石に其の魂を消滅させる事は、叶わんかったか」

「ふふふ。嫌味かしら?」

「さてな」


 ゼムリャーの全てを朽ち果てさせたと思ったフェルトの秘術だったが、ゼムリャーの薄暗い輝きを放つ魔石迄、喰らう事は無かった様で、俺は一安心した。


「でも、ゼムリャーの鉱石が朽ちていますけど大丈夫ですか?」

「ふむ。勿体無い事をするな」

「ふふ。其れは否定出来ないわね」


 流石に多種多様な発明品を生み出しているフェルト。

 クロートの言葉を抵抗なく受け入れたのだった。


「ふむ・・・」

「クロート様?」

「まあ、問題なかろう」

「え?」


 ゼムリャーの残骸を眺めていたクロートは、俺からの問いに意外な答えを返して来た。

 ドワーフといえば、酒を飲んでいるか、鍛治をしているかの二択しか見ないという程、鉱石に親しんだ一族なのだが・・・。


(あっ、そういえば、今は炬燵で丸くなるも含まれているか)


 最近、サンクテュエールと交易のある国では、炬燵ブームが来ているのだが、元はフェルト作の炬燵を、リアタフテ家の屋敷に来た豪商が目にして、貴族向けの嗜好品として販売が開始されたのだった。


(まぁ、普通に制御装置だけで、十分に快適な生活が出来るんだがなぁ)


 ドワーフ達は、本当に寒さに弱いらしく、炬燵の販売が開始されると、挙って入手したのだった。


「もう、一族の価値観も変わり始めているしな」

「価値観ですか?」

「うむ。一昔前迄は搾取されるばかりで、然し、煤に塗れ、安酒を浴び、暖炉を囲む生活で満足出来ていたのだ」

「・・・」

「然し、お主が此処に来て、僅かな仕事でも贅沢を知る事が出来、害を加えようとする者達も、人族共が排除していった。安寧を手に入れてしまったのだ。今更、若い者達に昔の生活を強いる事は出来んからな」

「クロート様・・・」


 そういう事ならば、鉱石も蓄えている物だけで十分足りるだろうが、クロートの表情はというと、決して喜びの感情だけではなかった。


「気にする必要は無い。其れで満足出来ん者達はアウレアイッラ、彼の地で煤に存分に塗れておるからな」

「そうですか」

「儂もまた、向かうとしよう」


 遠く海の先を眺めるクロート。


「おお、何だ此れは?」

「此れは人族の女の仕業らしいぞ」

「ほお、珍妙な槍だな」

「うむうむ」


 激闘の轟音が収まった事で、住処から出て来たドワーフ達。

 ドワーフ達から見ても、此の土槍は珍しい物らしく、興味深そうに眺めていた。


「だが、此れは良い物だぞ」

「そうか?」

「うむ。人族達は八百万の神を持っている、奇妙な連中だからな」

「うむうむ」

「此れに、何かの神を捏造すれば、たんまりと賽銭が取れるぞ」

「おお、其れはいい手だ」

「うむ。直ぐに派手な賽銭箱を作ろう」

「なら、我等は此の槍に装飾を施してやろう」

「ふふふ、逞しいわねえ」

「・・・」


 中々の内容を聞いても、面白そうに笑っているフェルトだったが、俺はただただ絶句するしかなかった。


「仕方のない連中だ」

「クロート様・・・」

「儂は行くぞ」

「はい」


 止めてくれるかは微妙だったが、先程の連中に向かい歩み出したクロート。

 然し、数歩の所で立ち止まり・・・。


「クロート様?」

「次に会うのは、アウレアイッラ。常夜の日だろうな」

「っ‼︎そうなりますね」

「ふむ・・・。楽しみにしておる」

「はい」


 再び歩を進めはじめたクロート。

 俺は其の巨木の幹の様な背を眺めながら、迫る決戦の刻を感じていたのだった。

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