第578話
「凪‼︎」
「・・・」
直前の突風で耳がおかしくなっているのか、俺の声に反応を示さない凪。
だが・・・。
(此れはチャンスだ‼︎)
凪の儀式がいつ終わるとも分からなかった先程迄は、ただ命を散らす事しか考えられなかったが、凪が戻ったのなら話は別。
凪とミニョンを連れて、サンクテュエール軍人達を影に放り込み、転移の護符で撤退する事が出来るのだ。
勿論、あの人数を影に入れた事は無いので、俺の命はどうなるかは分からないし、その状況で俺が死んでしまえば、影の中の軍人達がどうなるかは分からないが、それでも、命懸けで行うなら此方の方がマシな手であるのは確かだ。
(皆・・・。命を俺に預けてくれ‼︎)
敵にその手を悟られる訳にはいかず、俺は心の中でそう頼み、地上で佇む凪へと急降下していく。
「な・・・」
僅かに見えて来た希望に、凪への距離は目の前の様に近くに感じられ、感覚でいえば一瞬の間で凪の手を取る事に成功したが・・・。
「・・・」
「っ⁈」
其の凪の金色に輝く双眸を見て、息を飲んでしまう俺。
「誰だ・・・、お前‼︎」
「・・・」
凪と同じ瞳を持ち、俺から受け継いだ魔眼を双眸に輝かせ、掌から伝わる凪の身体の感触を持つ存在。
だが、其れは間違いなく凪ではなく、其れを理解した理由に論理的なものなどなく、敢えて語るのであれば、どんなに至らなくとも、俺が凪の父親であるからだった。
「凪はどうした‼︎」
「・・・」
俺の問い掛けに応える事のない凪の中に居ると思われる誰か?
そんな中でも、ミニョンとサンクテュエール軍人達と九尾達の激戦は未だ続いており、敵味方両方に倒れ逝く者達は増えていた。
そして・・・。
「・・・っ」
当然、待ってくれる筈も無く、俺と凪の姿を持つ存在と対峙する九尾の群れは此方に向け進軍を開始していた。
(凪の身体である事は間違いないし、このまま連れて退くか?)
ヴェーチルから龍神結界・遠呂智の力を得ていない事は残念だが、せっかく訪れた凪や仲間達の生命守れるかもしれないチャンス。
此れを逃してしまうのは、真の意味での愚者の極みだろう。
「行くぞ‼︎凪‼︎」
決心する迄の間は息を一飲みする程もなく、掌に力を入れて凪の姿を持つ存在の腕を引きながら、空へと翔け出そうとした俺だったが・・・。
「待て・・・」
「⁈」
ようやく口を開いた凪の姿を持つ存在。
その声は凪のものだったが、堂々とした自信を感じる凪の口調とは違い、何処か穏やかなものを持つ悠然とした口調なのだった。
「おいっ‼︎凪は・・・」
「待てと言ったであろう?」
「っ⁈ふざけるな‼︎」
凪の事だけでも十二分に絶対に許せない怒りに値するのに、俺の質問には答えない其れに苛立ちを打つけたが・・・。
「言いたい事は分かっておるが、安心するのだ」
「な・・・」
「我にも申し訳ないという感覚はあるのだ。然し、此れも儀式の内・・・」
「え・・・?儀式?」
凪の姿を持つ存在は、凪の喉を使い、其の声で意外な事を告げて来た。
「うむ。然し、其れにしても・・・」
「???」
「此処は五月蝿過ぎるの・・・」
凪が日頃、絶対に俺にはみせない様な眉間に皺を寄せた表情をみせたのも一瞬。
「邪魔者を消すとするか・・・」
俺の手を振り解き、半歩程前に進み出て、双眸の輝きを増す。
「待・・・⁈」
其れを視線で追いながら、呼び止め様とした俺だったが、視界の端に映ったのは・・・。
「余計な乱入者が来たか」
「何を言っておる‼︎」
「此処は退散するとしよう」
「馬鹿な事を言うでない」
「貴様も死にたくなければ退け」
「っ⁈」
退こうとするナヴァルーニイに文句を言っているエルマーナ。
然し、ナヴァルーニイがアイテムポーチから護符を取り出すと、エルマーナも諦めて其れに倣っていた。
「ナヴァルーニイ‼︎」
「何だ?拾った命を捨てるのか?」
「な・・・?どういう・・・」
確かに命を散らす覚悟はしていたが、確実に生き延びれるとなった訳でもなかったのに、ナヴァルーニイは今まさに退こうとしている。
「鍵は揃うと証明されたのだ。其れで十分だろう」
「其れは・・・」
「奴は良からぬ事を考えている様だがな」
「奴・・・」
ナヴァルーニイのいう奴とはスラーヴァの事だろうが、此奴は確かに楽園への道さえ開けば、何の問題も無いのだから、凪を無理やり捕らえる必要もないだろう。
「まぁ、そんな事は許さんが・・・」
「安心しろ?お前はそもそもブラートが許しはしないさ」
「・・・愚者めが」
ナヴァルーニイはそんな言葉を残し、護符に魔力を込めて去ったのだった。
「話は終わったか?」
「・・・あぁ」
「ならば、我も旧友との盟約を果たすとしよう」
「旧友?盟約?」
意味の分からない事を囁く様に告げて来た凪の姿を持つ存在が、まだ幼い少女の其れの両腕を広げた・・・、刹那。
「な⁈」
俺達の周囲を囲む様に極大級の魔法陣が詠唱された。
(この規模の魔法陣を一瞬で・・・)
俺はきっと、悪夢の中で現れる絶対に勝てない敵を見る様な眼で、其の小さな背中を見ているのだろう。
そんな、変な事を考えてしまう様に、不思議な刻の流れを感じていた。
(止めなければ‼︎)
魔法陣は俺達の周囲を囲んでいて、其の先には確かに敵である九尾達も居るのだが、何より、仲間であるミニョンとサンクテュエール軍人達も居るのだ。
(此の規模の魔法陣だと範囲が広範囲過ぎて、仲間達だけを避けるなんて事は無理だ‼︎)
そう思い、俺は深淵より這い出でし冥闇の霧でも、森羅慟哭でも何方でも構わないという様に詠唱を開始しようとしたが、不思議な刻の流れは俺だけのもので、凪の姿を持つ存在の其れは普通のもので、俺には追いつけないものだった。
「『
魔法の名を刻む声に反応する様に、魔法陣から生み出された一陣の風は、其の強さに反して天に届きそうな程の高音を発して戦場を駆け抜ける。
「な・・・、にが?」
極大の其れにも関わらず、生じた現象の規模に唖然としてしまう俺。
「・・・」
やがて風の発していた高音が収まると、辺りを包んだのは絶対的な静寂。
その余りの静けさに、俺は自身を巡る血の音さえも意識してしまい、初めて生命の音を知る事になる。
(凪・・・、か)
そんな訳の分からない事が頭を過ぎった・・・、刹那だった。
「っ⁈」
突如として、周囲に響き渡る高音低音入り混じる究極の不快音。
そして、視界を覆うのは・・・。
「うっっっ⁈」
真なる紅。
其れは九尾達の鮮血の真紅で、九尾達は全身があらぬ方向に捻じ曲がり千切れていき、その光景は、戦場で数多の無残な遺体を生み出し、見て来た俺でも眼を覆いたくなる程のものだった。
「ぅ・・・」
やがて、九尾達の躯が周囲に転がり、辺りに漂う異様な香りに俺は口元を押さえた。
(魔法によるものなのだろうが・・・)
其の威力に、刻の流れを取り戻したのに、呆然と立ち尽くす俺だったが・・・。
「⁈ミ、ミニョン‼︎」
凄惨な状況に、一縷の望みを持ち、頭に過ぎった仲間の名を反射的に叫んでいた。
「司・・・、さん?」
「ミニョン‼︎・・・⁈」
声のした方に視線を向けると、血塗れで立ち尽くしているミニョンと・・・、サンクテュエール軍人達。
「何故・・・?」
「言ったであろう?安心しろと?」
誰ともなく漏らした疑問の声に答えて来た凪の姿を持つ存在。
俺を振り返り見つめる其の双眸は、然し、何処か遠く・・・、過ぎ去った刻を見ている様にもみえたのだった。
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