第561話


「あら?早かったわね」

「あぁ、アンジュ」

「父さん」

「刃も準備は出来たか?」

「うん。・・・っ⁈」


 俺が隠れ家へと入る前に海岸へとやって来たアンジュと刃。

 聞くとエヴェックは教会に寄る為に先に出発したとの事だった。


(刃の反応は・・・)


 凪を見てのもので、演舞会後のやり取りがあってのものだろう。

 個人的には子供達には上手くやって欲しいが、面倒くさい教師の様に間を取り持つのも嫌がられるだろうとも思う。


(将来的には関係改善した方が得の多い二人なんだがな)


 リアタフテ領とディシプルは位置的にも近いし、歳も近い特別な力を持つ二人。

 お互い、関わらずにいるのは中々難しいだろうし・・・。


(当然の事だが、俺の方が先に居なくなるんだ・・・)


 此の身体の寿命がどれ程か想像も付かないが、人族の身体とは言われている。

 其れに、闘いの中で命を落とす可能性もあるだろう。


(俺の所為なのは間違いないが、此れは本人達でしか根本的な解決は出来ないしな)


 俺のしてやれる事は、未来へと守人達を残さず仕留めてやる事迄だろう。

 

「あら?貴女は、ローズのよ・・・」

「・・・」

「ね?」

「あぁ、そうだ」


 凪に気付いたアンジュだったが、流石に自分が相手にされない可能性は考えていたのだろう。

 凪に問い掛けつつも、保険で俺へも視線を向けて来ていた。

 然し、凪は・・・。


「凪=リアタフテです。よろしくお願いします」


 俺に何を言われるでもなく、淡々と挨拶をしてみせる。


「ありがとう、凪。私はアンジュよ?こっちは息子の刃」

「・・・」

「刃?挨拶も出来ないの?」

「・・・刃=真田」


 そんな凪の態度に、会話の中に短く礼を入れて、あえて自身の名のみを名乗り、家名は告げなかったアンジュ。

 そして、此方もあえて男の子の意地として家名を述べた刃。


「でも、凪は本当にローズにそっくりね?」

「そうですか?」

「ええ。あ、私はローズと王都で数年だけど、一緒に勉強してたのよ?」

「そうなんですね」

「ええ。ローズは常にトップの成績だったわ」

「母は私の目標ですから」


 淡々と、然し不自然にならない位の感情はみせる凪だったが、ローズに対しての母という初めての呼び名を詰まらず言えたところに、逆に不自然さを感じてしまう。


「司ではなくて?」

「え?」

「目標よ。ローズは確かに私達同年代の女子の中ではトップだったけど、司は大陸でもトップに居るわよ?」

「・・・」

「どう?」

「お父様には届きません。私、其処迄傲慢ではありません」

「そう?でも、司に届く可能性があるとすれば、今は凪しかいないと思うけど?」

「分かりません・・・」


 アンジュからの問いに、合わせていた視線を逸らした凪。

 アンジュは凪を試す様に眺めながらも、然し、其れ以上詰めていく事はしなかった。


「母さん・・・」

「刃はもっと頑張らないとね?」

「・・・分かってらいっ」

「ふっふっふっ、そう?」


 流石に思うところのある凪を、大好きな母が褒めているのに複雑な感情になったであろう刃。

 アンジュの面白そうな声に、ハッキリとした口調で応えたのだった。


「じゃあ、私はお爺様も心配だし、先に行くわね?」

「え?母さん」

「刃は後から来て良いわよ」

「うん・・・」


 特別、俺と話をしないアンジュに、刃は意外な表情を浮かべたが・・・。


「アンジュ」

「私は帰りを信じているから、余計な話は必要ないわよ?」

「・・・そうだな」

「ふっふっふっ、祝杯の準備をしておくわ」

「あぁ、頼んだ」


 アンジュは、いつもと変わらぬ不敵な笑みをみせ背を向け・・・。


「凪も・・・」

「・・・?」

「頑張ってね?」

「・・・ありがとうございます」

「ふっふっふっ」


 凪へ激励の言葉と、其れに対しての返答に納得の笑いを残して、去っていったのだった。

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