第521話
「・・・」
「やっぱり、駄目ですよね?」
「良いと言うと思ったかい?」
「いえ、全く」
「ふふふ、非道いな〜、司」
「・・・」
とりあえず、アポーストルを連れて戻り、上空から確認した地上の様子と魔法の設置を、シエンヌへと報告した俺。
最初はアポーストルの結界にも訝し気な表情をみせたシエンヌだったが、ブラートが其の効果を認めると、一応の納得はしたのだが、当然の様にアポーストルに対しては、警戒を一切解く事はしなかった。
「まあ、上でアンタが勝手な判断をしなかっただけマシだよ」
「はぁ」
「それに結界にも・・・、一応感謝しとくよ」
「ふふ、光栄です。マドモアゼル」
「・・・」
ふざけた態度を取るアポーストルに、シエンヌはいつもの様に不機嫌に鼻を鳴らす事もせず、ただただ、冷めた視線で自身のテリトリーへの侵入を許さない姿勢をみせていた。
「ブラート?」
「ああ・・・」
決断を出しかねているシエンヌは、シエンヌとアポーストルのやり取りを一人離れて観察しているブラートへと視線を送った。
(というよりも、結界の力は信じつつも、アポーストルへの警戒を解かずに、僧兵達の動きを観察しているのか・・・)
ただ、そんな様子のブラートにもお構いなしに、アポーストルは距離を縮めていき・・・。
「ふふ、珍しいね?」
「何がだ?」
「エルフ族の中でも逸れ者と言われるダークエルフは、其の他の種族とも関わりを持ちたがらないのに」
「・・・そうでも無いさ。そもそも、一族の中での差別は有るが、外の世界に出て感じる偏見は個人の感覚の差が大きいからな」
「ブラート、アンタ・・・」
「へえ〜・・・、素敵な考え方だね」
「さてな」
アポーストルからの失礼にも感じる発言にも、ブラートは冷静に返し、逆に其の発言の内容に、アポーストルは目を細めて、驚きと喜びが入り交じった様な表情をみせていた。
(今はこの人の周りに居る人間に、この人を恐れる者は居ないが、ダークエルフ自体は人族の間でも恐れられていると聞くし、これ迄の旅は決して安楽なものでは無かったんだろうな)
ただ、それでもブラートはよく口にする宿命というものを背負い、自らの境遇の中で、自身の成すべき事に向かって邁進し、その結果降り掛かるものを全て受け入れて来たのだろう。
「選択肢はそう多くは無いだろう」
「ブラート」
「時間も迫って来ているしな」
「・・・」
「この男が信用に値するかは別にして」
「ふふ、非道いな〜」
真面目な表情でシエンヌに応えるブラートに、アポーストルは軽い調子で茶々を入れるが、ブラートは・・・。
「どの道を選んだとしても茨の道。危険を理由にこの男の申し出を断る必要は無いだろう」
「それは・・・、そうだけど」
「理由が有るとすれば、この男が敵である可能性だな」
「・・・」
アポーストルを無視してシエンヌと総本山への侵入の相談をしていた。
(だけど、敵と危険っていうのは同じ事じゃないのか?)
ブラートには珍しい、意見を整理出来ていない事に、不自然なものを感じる。
「ふふ、僕は皆んなの味方だよ?」
「悪いが、遠慮しよう」
「ブラートは意地悪なんだね」
「さてな?」
冷静なブラートには珍しく、淡々とした単語を選び応えつつも、自身の名をアポーストルに呼ばれた事で、少し機嫌が悪くなっていた。
「おい、アポーストル」
「ふふ、どうしたの司?」
「いい加減にしろよ?」
「ふふふ」
「すいません、ブラートさん」
「気にするな」
これから突入というのを別にしても、俺の連れて来たアポーストルが、ブラートの機嫌を損ねる事は本意ではない。
アポーストルはいつも通りの飄々とした態度だったが、ブラートに俺の気持ちは伝わったらしく、それだけは良かった。
「非道いな〜、司」
「何がだ?」
「それじゃあ、三対一じゃない?僕が独りぼっちだよ?」
「言ってろ」
何だ彼んだ言って、ベビーフェイスで端正な顔立ちのアポーストルの拗ねる様子。
女なら、思わず構いたくなるのだろうが、俺は当然ながら冷たく遇らった。
「ふふ、じゃあ、これなら僕を信じられるかな?」
「ん?」
表情こそ変わらないが、口調には若干異質なものを感じ、何を言い出すのか不安になる。
「僕は『レデムプティオ』の知人さ」
アポーストルが初めて聞く名を口にした・・・、刹那だった。
「・・・」
「ふふ、怖いな〜」
無言でアポーストルの喉元へとナイフを突き立てた人物。
「・・・っ⁈シエンヌさん・・・」
「・・・」
其の双眸には、絶対零度の真紅の炎が燈っていたのだった。
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