第502話


「何で・・・?」


 目元の部分にヒビが入り、僅かながらも、其れに於いては、最も重要な部分が露わになる仮面の男の顔。

 其れを見下す俺は、仮面の男の顔が上空に向いていて、地上の仲間達には見えていない事に、本能的に安堵した。


(此れは・・・、そんな事有る筈が・・・)


 僅か覗いた其れを見る俺は、先程漏らした声を最後に、呼吸をする事を忘れてしまう。


「痛・・・」

「・・・」


 仮面はかなり強度な素材で作った物だったのか、朔夜の刃ですら仮面にヒビは入れられても、頭を斬り落とす事は出来なかった。


(殺ら・・・、なきゃ・・・)


 理性的には殺さないといけない、感情的には殺したくはない。

 そんな、表現としては微妙な内容が俺の頭を巡り、朔夜を持つ手に力が入らず、落としそうになってしまう。


「司‼︎」

「・・・っ」


 そんな俺へと地上から打ち上がって来る激はブラートのもので、珍しく大声を張り上げた彼は、俺を見上げて頷いて来た。


(俺に任せるって訳か・・・)


 当初の予定通りにして、当然の事だが、俺はブラートの様子に覚悟を決める。


(異様な事態では有るが、連中の策の可能性も有る)


 俺は仮面の男の素顔への答えを、そんな風に決めて、朔夜を持つ手に再び力を込める。


「信頼されているな・・・」


 先程迄、呻き声や気合を入れる様な怒声は上げていたが、初めて意味の有る台詞を口にした仮面の男。


「・・・⁈」


 俺はその様子に、驚き声を詰まらせてしまったが、仮面の男は尚も俺を驚愕させて来た。


「司・・・」

「・・・お前」


 敵である此奴に名前で呼ばれた事に、腹が立ったが、アイテムポーチから新しい仮面を取り出し、その素顔を隠した事には内心感謝してしまった。


「何か不都合でも有ったかな?」

「・・・」

「今度は司がだんまりか?」


 態と俺達2人にだけ聞こえる様な声量で話して来る仮面の男に、俺は不快感を抱く。


(分かった風な態度で、気安く人の名前を・・・)


 そんな苛立ち打つける様に、仮面の男を見据えた俺に、男は・・・。


「はは」


 面白そうに笑い掛けて来る。


(此奴・・・、舐めやがって・・・‼︎)


 俺の怒りの視線を受けながらも、軽く笑みを浮かべる仮面の男。


「余裕は構わないが、そろそろ墜ちろ?」


 アイテムポーチから仮面を取り出したのに、傷薬を取り出さなかったという事は、とりあえず其れを持っていないという事だろうし、それならば、ナヴァルーニイやムドレーツから渡される前に決着を着けるべきだ。


「余裕な訳では無いのだ。ただ、嬉しくてな」

「嬉しい?何だ、マゾだったのか?」


 変態的な発言をする男に、俺は心底から嫌悪感を示した。


(人の趣味に文句は言わないが、此奴がそんなだったとはな)


「はは、そういう訳では無いんだ」

「何だと?」

「こうして、司と対峙し、顔を見れる事が嬉しいのだ」

「・・・は?」


 仮面の男の妙な発言に、俺は間の抜けた声を漏らしてしまう。


「何を言って・・・」

「今迄は声だけのやり取りしかして来なかったからな」

「・・・」

「または、御免したいと言っていたが、この状況なら問題無いかな」


 いよいよ、気でも狂ってるのかと聞きたい発言だったが、仮面の男は至って冷静な様子だ。


(落ち着いた声で、大人の余裕を感じさせるし・・・)


 仮面の男の口振りに、不思議とその声に聞き覚えがある様に感じてしまう。


(御免したいと言って・・・、っ⁈)


 男の言葉を噛み締める様に思い返すと、思い浮かんだのは・・・。


「お前・・・」

「ああ・・・」

「スラーヴァか?」「スラーヴァだ」

「っ・・・⁈」


 本来なら、敵に情報を与えない為に、その名を問い掛ける事は問題なのだろうが、スラーヴァは俺が問い掛ける声に重ねる様に名乗って来たのだった。

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