第497話


「うふふ、どう?」

「あ、あぁ・・・」


 一仕事終えたというのに、疲労の色をみせないアクア。

 然し、俺が若干引き気味になったのは、其れが理由では無く。


(オーケアヌスが退く様に言ったのは、この為か・・・)


 眼前に広がるのは、魔導巨兵が斬り刻まれた残骸と、王宮の一部が崩れた瓦礫。


(俺がやった物はそう多くなく、殆どがアクアの仕業・・・)


「うふふ」

「はぁ〜・・・」


 満面の笑みのアクアに対し、オーケアヌスは深く溜息を吐いている。


(王宮よりも人命だが、アクアは魔導巨兵がほぼ停止しても、暫くの間秘術を使用し続けたからなぁ・・・)


 いくら、王宮より人命とはいえ、自身の娘の凶行にも近い其れにより、この状況になった事は、素直に受け入れられるものでは無いのだろうな。


「ひっひっひっ、お見事ですねぇ」

「ムドレーツ」


 自身の作った物にも関わらず、その残骸を見るムドレーツの表情には悲しみや怒りは無く、アクアの魔法に対する感嘆の声を漏らしている。


「逃げなかったのか?」

「ええ、勿論です」

「ほぉ?」


 ムドレーツは見た目とは正反対の豪胆と思える発言をしたが・・・。


「こんな貴重な経験はそう出来ませんし、しっかりとこの目に焼き付けないと後悔しますので」

「なるほど・・・、な」


 どうやら、そういう事では無かったらしく、双眸を不気味に見開き、その探究心を示して来た。


「じゃあ、丁度良い。もう暫く付き合っていけよ」

「付き合って・・・、帰してくれるのですか?」

「司法取引の交渉は陛下にしてみると良いさ」

「ひっひっひっ、それなら退場させて頂きたく」

「遠慮をするな」


 淡々とした会話の間にも、互いに牽制しつつ、間合いのやり取りをする。


(アクアは疲労はしていない様だが、既に水刃は消えている)


 出来れば、秘術の発動中にムドレーツを殺っておいて欲しかったが、其れが叶わなかった以上は、出来れば生捕りにして尋問の機会を得たいところだが・・・。


(転移の護符を持ってる可能性も有るし、ルグーンの様な魔法を使える可能性も有るし、何より・・・)


「二体目は出さないのか?」

「それは・・・、あまり得策では無いかと」

「・・・」


 ストックが有る事は否定しないムドレーツ。


(弱味をみせない為か、それとも無駄に兵器を失いたくないという事か)


 ムドレーツの発言は何方とも取れるが、俺は流石にオーケアヌスへと視線を送り、理解はされたらしく逃げれる様に引いていた。


(あの感じは、疲労は無くともアクアの魔法も連発は出来ないのだろう)


「流石に不味いですかねぇ」

「そう・・・、かいっ‼︎」


 本当に焦っているのかは分からないムドレーツ。

 俺は、それに口だけで応え、闇の支配者よりの殲滅の黙示録を発動させる。


「これは・・・」

「門」


 翔ける時間を惜しむ様に、自身の影へと飛び込み、闇の底をムドレーツへと急ぐ。


(魔力の流れは感じられないが、此奴はマジックアイテムを使って来る可能性も有るだろう)


 中庭に立つ木の影から出るか、それともムドレーツの影から出るか。

 二択に悩みながら、俺の出した答えは・・・。


「縫‼︎」

「・・・」


 影から出した掌で漆黒の針を放ち、ムドレーツの影を縫い付ける俺。

 ムドレーツの身動きを封じ、背後を取った俺は・・・。


「とりあえず、アイテムポーチの没収と・・・、拘束具だな」

「うむ。拘束具の準備を急げ‼︎」

「はっ‼︎」


 俺がムドレーツの腰のアイテムポーチへ手を伸ばすと、オーケアヌスは兵士に命令を出した。


「これだけ・・・、か?」


 腰のアイテムポーチを取り終え、ムドレーツの全身を探る。


「兵士に任せれば良いじゃない?」

「いやこの手のタイプは、切り札を隠し持っている可能性が高いし、拘束具を嵌められた状況を想定して準備しているだろうしな」

「へえ〜」


 感心した様な声を上げつつも、手持ち無沙汰な様子で周囲を彷徨いているアクア。

 俺は少し乱暴な扱いでムドレーツの前髪と顎を掴み、口の中を確認する。


「う〜ん・・・」

「そんなとこ迄?」

「寧ろ、一般的だ」


 自殺防止の為の猿轡を嵌めるとはいえ、舌や奥歯で何かしらの装置を発動させる事は容易く、全身の中でも気付かれにくい部分、其れが口の中なのだ。


「何も無い様だな・・・」


 俺が口の中の確認を終え、次の箇所に移ろうとした・・・、刹那。


「司‼︎上だ‼︎」

「・・・っ⁈」


 日頃は決して聞けないブラートの大声が中庭に響き渡り、俺は意識を口の中へと集中し過ぎていた事を理解し、自身に影が掛かっている事に気付く。


「くっ‼︎」


 ムドレーツのアイテムポーチを握っていた右腕を目掛けて襲い掛かる雷の鞭が、軽く掠っただけで掌から握力を奪い、アイテムポーチを地面に落としてしまう。

 アイテムポーチを拾いたかったが、敵が上空から狙っている以上、視線を上に向けるしか無い。


「ちっ‼︎」

「つか・・・、きゃっ‼︎」


 其処に広がっていたのは、視界の端迄を覆う無数の光の刃に、乱暴にアクアを引き寄せ影の中へと放り込み、自身も続いた。


(彼奴は・・・)


 闇の底を渡りながら、光の刃の先に見えた人影に、気持ちが不思議と高揚して来る。


「っ⁈司殿‼︎アクアは⁈」


 ブラートの影から出た俺に、オーケアヌスは身を乗り出して来たが・・・。


「呼」

「きゃっ・・・、え?」

「おお、アクアよ‼︎」


 俺が警戒を解かずに、手短にアクアを影から呼び出すと、目をパチクリしている愛娘へと抱きついていた。


「司・・・」

「えぇ」


 ブラートの声に視線を上空へと向けると、其処には・・・。


「久し振りだな?」

「・・・」


 数年振りの再会となる仮面の男の子が居て、俺は落ち着いた口調で語り掛ける事が出来たのだった。

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