第488話
「ふんっ」
俺へと軽蔑の視線を送りながら、再び鼻を鳴らす様に笑って来たユーラーレ。
(あの発言で落ち着きを取り戻した・・・、か?)
貴族のヒモはローズとの事だろうが、恥知らずの情婦ってのは、ヴィエーラ教関係者という事を考えるとアンジュの事か・・・。
「・・・」
この男にそんな事を言われる必要は無いが、此処で挑発に乗れば状況が好転する訳でも無い。
「とりあえず、先程述べた事を持って帰って頂けますか?」
冷静さを取り戻した此奴を、再び挑発するのも時間の無駄の為、さっさと用件を告げる。
「貴様は馬鹿か?」
「はい?」
「其れは、さっき答えてやっただろう?」
「・・・」
何方が本当の馬鹿かは論ずる意味は無いだろう。
どうやら、ユーラーレは本気でサンクテュエール王の考えに背く事を、ヴィエーラ教の公式発表とするつもりらしい。
(今迄、サンクテュエールとヴィエーラ教が揉める事は有ったが、其れでもギリギリのラインは守り続けていたのだが・・・)
確かにユーラーレは聖堂騎士団の団長という立場だが、ヴィエーラ教の中の一組織の長に、其処迄の発言権が有るとは思えない。
(可能性としては、既に教祖とやらからタブラ・ナウティカに対し、服従以外は求めていないとの考えを告げられているのか?)
ただ、だからと言って、本気でサンクテュエールに背けると思っているのか?
教団の本部はサンクテュエールと同じ大陸にあり、侵攻は困難な地にあるが、アッテンテーター帝国の現状を考えれば、大陸の意志は既にサンクテュエールが握っている。
(確か、教団の本部は港を持たない筈だし、物資の輸送経路を断たれる事を分かっている筈だが・・・)
「私個人の発言に信用が無ければ、同行の外交官に書簡の作成も頼めますし、何なら陛下に通信石を使用し連絡を取りましょうか?」
腹の探り合いに意味を感じ無いし、最大限の譲歩を最初に提案する。
(まぁ、このままなら、何方にせよ国王に即連絡する必要があるのだが・・・)
ただ、俺のそんな言葉にも・・・。
「ふんっ、無駄な時間は使わん」
「なるほど・・・」
ユーラーレは一切退く態度を見せないのだった。
「国王様、どうしましょうか?」
「うむ、そうだな・・・」
俺の取るべき行動は決まっているし、オーケアヌスも其れを理解しているだろうが、一応彼の意志、此の国の考えを示して貰う必要が有り、淡々と問い掛ける。
「我が国としては、そもそもヴィエーラ教なるものを国教として信仰してはおらん。ただ、民には信仰の自由を与えているしな」
「信仰に自由など無い。あるのは教祖様という絶対的な存在への忠誠だけだ」
「忠誠・・・、ね?」
凡そ、信仰に関する言葉とは思えない単語に、ユーラーレの連れている一団に視線を向けるが、ムドレーツは別にしても、その他の聖堂騎士達も違和感は感じていない様だ。
「下賤な者には理解出来んだろう」
「そうですね。そもそも信仰とは神に対してのものですし、特定の個人に対するものでは無いとの認識ですし」
「貴様に信仰の講釈を受ける必要は無い」
「そうでしょう。私もそんなつもりはありませんしね」
ユーラーレの言葉を、特別な見識が有る訳でも無い俺はあっさりと受け入れられた。
「ふむ・・・、ユーラーレ殿?」
「何か?」
「どうしても、この件は持って帰れぬと?」
「無論」
「・・・分かった。ならば、私も此れを受け入れる訳にはいかぬ」
「・・・」
オーケアヌスの決断に一瞬の間だけ、静寂の溜めを作り・・・。
「愚かな」
一国の王に言うとは思えない単語を吐き捨てたのだった。
「分かりました。我々サンクテュエールは其の決断を支持させて頂きます」
「うむ、感謝する」
当初予定していたのは、ユーラーレがこの件を持ち帰る事だったが、此れに近い状況もサンクテュエール王は想定していて、俺にはオーケアヌスの意志を確認する事、そしてオーケアヌスがサンクテュエールとの交渉内容を守れば、此の宣言をヴィエーラ教に伝える様に命じていたのだった。
「そういう事ですので、此の件はしっかりと理解して頂きたく?」
ユーラーレの表情の変化を探る様に告げると・・・。
「愚か者共に裁きを・・・」
俺からの視線など無視する様に瞳を閉じ、ヴィエーラ教の紋章だろう。
其れを十字を切るかの様に、宙に刻みんだのだった。
「・・・」
「貴様・・・」
「私ですか?」
「そうだ」
「何か?」
「貴様には、特別に私自ら裁きを与えてやろう」
そんなものを受ける理由は無いのだが、ユーラーレは俺からの同意を得ずに、アイテムポーチから装飾の施された剣を取り出していた。
「仕方ないですね」
一応、これでも貴族の端くれの為、決闘を挑まれれば応えない訳にはいかず、俺はオーケアヌスに視線を向けた。
「うむ・・・。準備をせよ‼︎」
「・・・」
少しだけだが、オーケアヌスが許可をしない事を期待していたが、あっさりと許し、衛兵達へと指示を出す。
(まぁ、この場の最高責任者の許可も得た事だし・・・)
俺は気持ちを切り替えて、自身の準備を始めたのだった。
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