第477話


「何かあったのか?」

「あっ、司」


 此処は研究室の最奥の部屋。

 窓の無い部屋なのだが、一日中制御装置で明かりが灯されており、他のどの部屋よりも明るい場所なのだった。


「この娘、大丈夫?」

「ん?あぁ・・・」


 そんな明かりに惹かれる様に辿り着いたアクアは、停止中のルーナを発見していたのだった。


「でも・・・、眠ってるの?」

「あぁ、正確には停止中だがな」

「え?停止?」


 流石に直ぐには理解出来ないアクアに、俺は・・・。


「あぁ、ルーナは魔石の力で動いているんだ」


 そう続けたのだが・・・。


「え?ルー・・・、ナ?」


 ルーナの名を聞くと、アクアはより不思議そうな表情を浮かべたのだった。


「どうかしたのか?」

「うん。何処かで聞いた名前だと思って・・・」

「へぇ?昔は珍しい名じゃ無かったのかな?」


 学院に通っている時に、ローズやルチル、アン等の名は他の女生徒の中にもいて、そんなに珍しい名で無い事は知っていたのだが、ルーナという名は、学院、王国関係者の中でも聞く事の無い名なのだった。


「う・・・、ん」


 ただ、アクアは応えに詰まりながら、何やら思いに耽っていた。


「何か、気掛かりな事でも有るのか?」

「う〜ん・・・、やっぱりこの娘、何処かで会った事があるんだけど・・・」

「ルーナにか?」

「ええ」

「・・・」


 急に妙な事を言い出すアクアに、俺は続ける言葉を見つけられずにいた。


「でも、何処か思い出せないのよねぇ・・・」

「じゃあ、勘違いじゃないのか?」

「そうねぇ・・・、う〜ん・・・」


 長い眠りの為、記憶に曖昧な部分も、混乱もあるのだろう。


(まぁ、銀髪のロングヘアー自体は見ない事も無いし、色々な記憶の混濁がそういう感覚を生み出しているのだろう)


「とにかく、行こう」

「う・・・、ん」


 俺は意味は無いのだが、眠りにつくルーナを妨げない為に、アクアを連れて研究室を後にしたのだった。



「あの子が司の子供?」

「あぁ、長男の颯だ」

「へぇ〜、やっぱり似てるわね」

「まぁな」


 此処は、旧フェーブル辺境伯領。

 アクアがサンクテュエールに来て、丁度一週間が経ち、王国主催の演武会が開催されていた。


「隣がお姉ちゃん?」

「あぁ、凪だ」


 目敏く颯を発見したアクアは、続いて凪の事も見つけた様だった。


(まぁ、演武会の中でも圧倒的に目立っているからな)


 年齢差の為、他の子供達と比べて頭1から2つ分は違う颯と凪。

 ただ、その動きは親の贔屓目を抜いても、圧倒的に次元の違うものだった。


「ふ〜ん。でも、お姉ちゃんは似てないわね〜」

「そうか?」

「凪は母親似だからな」

「陛下」


 来賓席の奥に座る国王はから声が掛かると・・・。


「ほお、そうだったのか」

「うむ。リヴァル殿は会った事は無かったかな?」

「ああ、会ってみたいの?なあ、フォールよ?」

「私は戦場で・・・」

「おお、そうだったか」

「手強い女性でした」

「ほお、其れは・・・」


 反応を示したのは、同じく来賓席に居たディシプル王であるリヴァルと護衛のフォール。


「流石、大陸一の大将軍ケンイチ=リアタフテの娘といったところかな?」

「剣豪王の名を欲しいままにしていたリヴァル様にそう言って頂ける事は、身に余る光栄でございます」

「剣豪王か・・・、懐かしい呼び名だな」


 リヴァルから送られた賛辞に、国王の護衛を務めているケンイチが謙遜する様に述べた言葉に、俺は飛龍の巣でのリヴァルとの闘いを思い出す。


(あの強さを考えると、剣豪王の名は驚く事じゃ無いな)


 今回の演武会は、サンクテュエールとディシプルの友好の為に、一部ディシプル貴族の子も参加し、開催地も過去の清算の為にこの旧フェーブル辺境伯領が選ばれていたのだった。


「あれ?あの子は・・・?」

「・・・」

「ねぇ?司?」

「あぁ・・・」


 眼下の会場で演武を披露する子供達の中。

 魔法を使用していない現状では、颯と凪よりも目立つ存在にアクアは気付いた様だった。


「俺の子の刃だ」

「へぇ〜・・・、あの子が・・・」

「・・・」

「うふふ」

「何だ?」

「ううん。颯も似てるけど、刃の方は瓜二つよね?」

「そうかな?」

「ええ」


 集団の中で最も小さく、だが其の剣筋は次元の違う颯と凪ですら遠く及ばないものを持つ刃。


「・・・」

「ふっ、順調育っているな」

「フォール将軍・・・。ありがとうございます」

「いや、私の方が楽しませて貰っているよ」

「うむ。若き日のお主以上の才ではないか?」

「ええ。将来は剣で大陸に真田の名を轟かせる事になるでしょう」


 フォールとリヴァルの言葉に誇らしい気持ちになる俺だったが・・・。


「・・・」


 其の心の中には、同時に複雑な感情も抱いていたのだった。

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