第460話
ヴァダーが何事か行った事で生じた振動は、10分近く激しいものが続いたが、其れが収まってしまうと、空間を嘘の様な静寂が包んだ。
「ヴ・・・、ヴァダー?」
周囲に俺の息遣い以外の音がしなくなった事で、ヴァダーが去ったのかと心配になった為、確認の為に呼び掛けた。
「お、おいっ。何処か行ったのか・・・?」
〈いや、何処にも行ってはおらんぞ〉
「お、おぉ・・・」
〈すまんな。少々務めが有ってな〉
「務め・・・、な」
〈だが、此れを終えた今、我はやっと休息に入れるのだ〉
「休息って・・・、おいっ」
思わぬファムートゥという情報は得られたが、本来の目的はヴァダーを倒して、龍神結界・遠呂智の復活を目指す事。
其れを達成出来ていないのに、去ろうとするヴァダーを呼び止める。
〈何だ?〉
「何だって、俺はお前を狩りに来たんだ」
〈ほお?何の為にだ?〉
「何の為って、予知があるなら分かっているだろう?」
〈さて?覚えが無いな〉
「・・・」
本気か其れとも惚けているのか、その何方でも構わぬという勢いで朔夜を抜いた俺。
〈何のつもりかな?〉
「言ったろ?・・・お前を狩るって?」
〈其れに何の意味が有る?〉
「意味なら、俺が為す事で証明するさ?」
〈ほお・・・?〉
「俺は力を取り戻す、そして俺の大事なものを奪おうとする連中を、全て滅ぼす」
〈なるほど・・・、そういう事か〉
何かに納得した様なヴァダーだが、俺の告げた内容を受け入れる感じはしなかった。
「じゃあ・・・」
ただ、俺は此奴の納得を得たい訳では無いので、未だ姿を見せないヴァダーに対して、急かす様に踏み出した。
〈ふむ、暫し待て・・・〉
「そんな・・・、っ⁈」
制止するヴァダーの声を撥ね退ける様にした俺だったが・・・、その刹那。
「何故・・・?」
腰のアイテムポーチが光を発して、身体が強張る。
(転移の護符や通信石の事を考えると、何かしらの罠か⁈)
俺は隙を与えるミスをしたかと思ったが・・・。
「な、大魔導辞典・・・?」
アイテムポーチから勝手に出て来た其れに、俺は意味もなくアイテムポーチを撫でていた。
そんな俺に構わず、宙を進んだ大魔導辞典は、前方10メートル程の所で止まる。
「・・・っ⁈」
すると、大魔導辞典越しに見えたのは・・・。
「お前が・・・、ヴァダー?」
〈他にあるまい?〉
暗闇の中に浮かぶ蒼き双眸に問い掛けた俺に、何でもない風に答えたヴァダーの口元は、俺を一飲み出来そうな大きさだった。
(頭部が此れだと、全身だとゼムリャーに次ぐ位の巨体か・・・?)
想定されるヴァダーの体長に、朔夜を持つ手に力を込める。
〈なるほど、此れが・・・、な〉
「何だ、大魔導辞典の事も知ってる訳か」
〈うむ、初めて見るがな〉
当然だろうとツッコミを入れ様とした俺だったが・・・。
「な・・・⁈」
〈・・・〉
ヴァダーの行動にその言葉を飲み込んだ。
「何故、自分でそんな事を?」
〈これか?〉
「・・・」
ヴァダーは自身の牙で、その身に傷を付けて、其処から鮮血が生じたのだった。
〈其れは、お主がよく知っているだろう〉
「知ってるって・・・。・・・え?」
すると、宙を浮いていた大魔導辞典が淡い光を放ち始め、その光がヴァダーの鮮血と呼応し・・・。
「・・・何故?」
やがて、光が収まった大魔導辞典は俺の元へと戻って来て、龍神結界・遠呂智を記したページには、5つ目の紋章が新たに刻まれていた。
「どういう事だ?俺はお前を狩って無いのに・・・」
〈やはり、勘違いしていたか?〉
「勘違いって・・・?」
〈其の紋章は、我等八神龍が其の力を認めた者に授けた証だ。我等を狩った証では無い〉
「じゃあ・・・」
〈うむ。此れ迄の者が其れを選んだだけで、我は無駄に力を消耗する気は無い〉
「・・・」
淡々と事実を告げて来るヴァダーに、俺は今迄の苦労を思い返して無言になる。
(でも、其れを選んだって事は、彼奴等の方に選択権が有るんだろうな)
「無駄な力って・・・」
〈無論、明日に控えた境界線の守人達との闘いに備えてだ〉
「明日って⁈」
〈さっきも言ったであろう?我とお主では時間の概念が違うのだ〉
「・・・」
〈それでも、既に目前迄迫っているがな〉
そう告げて来たヴァダーの双眸は、妖しい輝きを放っていたのだった。
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