第445話


「ふぅ〜・・・」


 日課となった空の散歩。

 楽しさを感じる事は無く、半分義務の様になっているが、頰に当たる潮風の香りは嫌いではなかった。


「ふっ、意外だな・・・」


 日本にいた時は、潮風の香りといえば、クタクタの帰宅時に、海沿いの国道で渋滞に巻き込まれ、手持ち無沙汰になり窓を開けると、車内を満たしていたものであり、あまり好きになれるものではなかったのだが・・・。


「環境や状況が変わったからな・・・」


 此方の世界に来て、日本ではあり得ないと思っていた結婚、そして三人の子宝にも恵まれた。


「ん・・・?」


 眼下に広がるディシプル港。

 魔力を注いだ耳に、何やら子供の泣き声の様なものが聞こえて来た。


「・・・彼処か?」


 泣き声は、船の積荷の入った木箱が並べられたその影から聞こえ来る。


(切迫した雰囲気は感じないが・・・)


 ただ、本来他国の貴族である俺は、ディシプル王の厚意で居を構えさせて貰っている。


(流石に確認する責任は有るよな・・・)


 俺は木箱で姿を隠す様にしながら、高度を下げていく。


「・・・」


 丁度良い位置迄降り、双眸に魔力を注ぎ、状況を確認すると・・・。


「あれは・・・」


 視界に入って来たのは9人の子供達。

 立ち位置は、2人の女の子達の前に2人の男の子が立ち、其れ等を囲む様にし、5人の男の子達が対峙していた。


「ぅぅぅ・・・」

「大丈夫、フィーユちゃん?」

「・・・ぐすっ」


 どうやら、女の子の内1人は膝を擦りむいている様で、もう1人の女の子は隣に立ち、心配そうにしている。


「おいっ‼︎お前ら、退けよ‼︎」

「・・・っ、いやです、レザール様」

「何だとぉ⁈」


 経緯は分からないが、どうやら2人の男の子達は、女の子達を守っている様で、揉めている相手のレザール・・・。


(あの子は確か、アリストクラット家の1人息子の筈・・・)


 アリストクラット家は、此処ディシプルの貴族で、当主であるコンセイエは歳の頃はフォールと同世代で、此の国の予算の編成を担当している有能な貴族だった。


(そういえば、一人息子の悪ガキ振りに手を焼いているとフォールが言っていたな・・・)


 父であるコンセイエは内政担当らしい穏やかな人物で、悪い噂も聞かないし、奥さんの方も気立ての良い女性だと聞いている。


(まぁ、人の事は言えないが、人柄と子育ての腕は関係ないしなぁ・・・)


 俺が自身の事を考えていると、レザールはいよいよ男の子達を排除しようと、取り巻き達に顎で指示を出していた。


(歳もレザールの方が少し上の様で、身体つきも違うからな・・・)


 子供の世界の話とはいえ、止めに入る理由を心の中で呟きながら、俺が翔け寄ろうとした・・・、次の瞬間。


「やいっ‼︎待てぇぇぇいっっっ‼︎」

「・・・っ」


 突如として港に響き渡る、聞き慣れた子供の声。


(彼奴・・・)


「な、何だっ」

「ど、何処に居るんだ‼︎」

「上だ、上っ・・・、って見えねえか。お天道様に恥ずかしい生き方をしてるお前等にはっ」

「・・・な⁈」


 背後から聞こえて来た自分等を挑発する内容に、一斉に振り返り空を見上げたレザール達。

 すると、其処には・・・。


「お、お前は・・・」

「ちっ・・・」

「「「刃様‼︎」」」

「刃・・・、てめぇ・・・‼︎」


 俺と同じ様に漆黒の翼を広げた我が息子、刃=真田が登場していた。

 レザール達からは呪うかの様な憎しみのこもった声が、対照的なのはいじめられていた子供達で、泣いていた女の子は刃の登場に涙を拭い、安堵を感じさせる笑みを浮かべていた。


「降りて来いっ、刃‼︎」

「てやんでえ、レザール‼︎オメェが昇って来い‼︎」

「な・・・⁈」


(いや、其れは無理だろう・・・、息子よ)


 刃が何故あんな無茶な事を発するかというと、完全に俺から聞いた時代劇とチャンバラごっこの影響で、ただただべらんめえ口調を使いたいだけであろう。


「ぐぐぐっっっ・・・‼︎」

「行くぞっ、この野郎‼︎」


 打つ手なく歯軋りをしていたレザールに、刃は一直線に翔け出す。


(・・・行くんかいっ‼︎)


 一応、様式美として心の中で息子へとツッコミを入れた俺。


「やれっ、お前等‼︎」

「「「おおー‼︎」」」


 レザールからの指示に、子分の子供達は子供様の木製の剣を手にして構えた。


「はぁ‼︎」

「やぁ‼︎」


 構わず正面から向かって来た刃に、子分の子供達は剣を叩きつけたが・・・。


「・・・っ、へっ‼︎」


 一瞬、顔を顰めた刃だったが、無詠唱を直ぐに全身を淡い光が包み込み、短く不敵な笑みをみせる。


(所謂、ゾンビ戦法ってやつだな)


 刃を包む淡い光は回復魔法のもので、木製の剣で子供に叩かれた位では怪我の心配は無かった。


「覚悟しろやいっ‼︎」

「・・・な⁈痛っっっ‼︎」


 子分の子供達を無視して、レザールへと一直線で翔け、その勢いのままレザールに頭突きを喰らわせたのだった。


「ま、まい・・・」

「駄目だ、もう一回‼︎」

「ええーーー⁈」


 相当痛かったのだろう。

 衝撃で地面に転んだレザールは、即降参しようとしたが、刃はそれを許さなかった。


(二回やらないと悪い事が起こるって迷信を教えたからなぁ)


 自業自得とはいえレザールは、刃から二発目の頭突きを受けていたのだった。

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