第441話
「始めるみたいだね」
「・・・っ⁈」
アポーストルの潜める様な声。
(機嫌を損ねない様に感じるが・・・)
アポーストルの其れは、あの少女に対する畏怖からの、行動を阻害しない為の様に思われた。
「覚悟は決めたかい?」
「ふふふ、私としては、せめてもの救いのつもりだったのですが」
「キミの意見には、何の意味も無いよ?」
「ふふふ、非常に残念です」
対照的な態度で対峙する少女とルグーン。
少女は悠然とし、何一つ腹の内を隠す必要も無いという態度。
対するルグーンは、下手に出ながらも、内心を探らせない態度だった。
「あっ、そうだった」
「ん?どうかされましたか?」
「此れ・・・、返しておくのを忘れてたよ」
「はて・・・?」
突然の少女の言葉に、首を傾げたルグーン。
「此れだよ、此れ」
何をしてるだとでも言いたげに、其のか細い腕を天に伸ばし、小さな子供らしい掌を広げた少女。
「・・・っ⁈な、な、な・・・⁈」
すると、上空には俺を危機的状況から救ってくれた、ブラックホールが現れた。
「ほお・・・」
「受け取りな?」
ルグーンは感嘆の声を漏らし、其れに重ねる様に少女が声を発した・・・、次の瞬間。
「あれは・・・」
上空を漆黒に染め上げていたブラックホールから、百を超える炎の弾が出て来て、漆黒を上から真紅へと染め上げたのだった。
「っぅぅぅ‼︎」
先程よりも、炎の弾との距離が縮まった事で、その熱風により皮膚に疼痛が走る。
「ほら?」
少女が何でも無い調子の声を上げ、天へと伸ばしていた腕をゆったりと振り下ろすと・・・。
「・・・っ⁈」
炎の弾は一斉にルグーンと九尾達へと降り注ぐ。
「へえ〜」
俺の前に乗っていたアポーストルは、気楽な声を上げながら、其れを眺めていた。
(この地獄絵図を見て、良くそんな反応を示せるなぁ・・・)
呆れながらも地上を観察すると、九尾達は自身を其の尾にマヒアラーティゴを詠唱し守りながらも、ルグーンの護りも行なっていた。
(やっぱりあれは、さっきの炎の弾だったんだな)
自身の発した炎の弾なら、其の魔法で迎撃可能なのは不思議な事ではなかった。
「あれって、どういう魔法なんだ?」
「う〜ん、魔法・・・、なのかな?」
「知らないのか?」
「うん。彼女の能力については、僕なんかじゃ理解の半分も出来てないよ」
「・・・そうか」
アポーストルの態度に嘘は無い様だし、何より、俺自身あの娘の中に魔力は感じられるが、其の流れの様なものを感じられなかった。
(然も、其れが出来ない訳では無く、必要が無いと思って・・・、る?)
豪気な性格だなと思う。
(上空からだと、九尾の数はある程度分かる・・・。50から60の間だな)
「強い・・・、其れは何となく分かるんだ」
「ふふ、流石だね」
「でも、大丈夫か?」
実は助けられていた事も有り、少女の事が心配になる俺。
「司は優しいね〜」
「・・・」
「ふふ、怒った?」
「そんな事は無い・・・。ただ、数が多過ぎる」
少女の使ったブラックホールが連続使用可能なのか分からないし、九尾達は最大で400から500程度の炎の弾を詠唱可能なのだ。
だが、少女は・・・。
「ふ〜ん・・・」
「・・・」
打ち返した炎の弾が防ぎ切られた事を、一切意に介さずに、ルグーン達に向かい歩み出ると・・・。
「此れは・・・‼︎」
珍しく、焦った様子を見せたルグーンは、即座に自身の足下に魔法陣を詠唱し、其の身を潜めてしまう。
「・・・可哀想な娘達だね?」
残された九尾達に憐れみの視線を送った少女が、纏っていた漆黒のドレスの裾を持ち、露わになった純白の肌を持つ足を振り上げ・・・。
「此れで・・・」
大地を踏みつけた・・・、次の瞬間。
「お、おぉぉぉ・・・」
其の足を中心に、波紋の様に大地に広がっていくブラックホール。
其れが瞬時の間で、九尾達の足下に広がりきると・・・。
「な・・・⁈」
底無しの沼に嵌る様に、其の中へと飲み込まれていった。
「此れ・・・、は?」
「彼女の力の一つさ」
俺が漏らした疑問の声に応えて来たアポーストル。
「どういう・・・?」
「見てれば分かるよ」
「・・・っ⁈」
アポーストルの口振りは、此の力は此処で終了では無いという態度だが・・・?
「来るよ・・・」
アポーストルの言葉に、少女を注視すると、腕を天に伸ばし・・・。
「終わりだよ?」
再び、空一面に黒雲の様なブラックホールが広がり・・・。
「くっ・・・‼︎」
俺は情け無くも吐き気を催してしまう。
其の理由は・・・。
「あれって・・・」
「彼女達の末路さ」
「・・・」
ブラックホールの黒雲から、大地へと降り注いでいく鮮血の雨と細切れ状に千切られた肉片。
俺は其の持ち主を理解しながらも、アポーストルへと問うと、やはりアポーストルは何でも無い風に答えて来たのだった。
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