第428話


「叩き・・・、潰す」


 アッテンテーター軍の一団を潰した、俺の耳へと聞こえて来たのは、低くこもっているが、不思議と耳に入って来るグネーフの声。

 其の先へと視線を移すと・・・。


「・・・ちっ‼︎」

「ふん」


 振り下ろされたグネーフの巨木の様な腕。

 其れをケンイチは、武闘纏命によりオーラを纏った拳を撃ち上げ、迎え撃っていた。


「・・・っ」


 ぶつかり合う二つの拳を中心に、激しい衝撃波が広がって来て、俺は吹き飛ばされない様に、漆黒の翼へと魔力を注ぎ耐えた。


(肉体的な差や位置関係を考慮すると、ケンイチの方が上にも思えるが・・・)


 ただ、既にケンイチは武闘纏命を使用しているし、グネーフが全力を出しているかは不明だった。


「ちっ・・・、はぁぁぁ・・・」

「・・・っ」


 ケンイチが低く唸り声を上げると、大地は揺れ、其の振動が大気にも伝わっていく。


「あああぁぁぁーーー‼︎」

「お、おぉ・・・」


 天へと打ち上げる様に発した咆哮に、呼応する様にケンイチの身体の中から湧き出て来るオーラ。


(だが、あのオーラって・・・)


 ポーさん曰く、武闘纏命によって纏うオーラは、生命力を燃やして発生させるもの。


「・・・ふぅぅぅ」

「・・・」


 オーラを増しただけで、地面へと息を吐くケンイチ。


(過度に生命力を燃やしてはいないなか・・・?)


「稀有なもの・・・、を」

「だあぁぁぁ‼︎」


 再び、ケンイチへと拳を振り下ろしたグネーフだったが、迎え撃ったケンイチの拳撃は、其れを撃ち返した。


「ぐっ・・・」

「すぅぅぅ・・・」


 ガラ空きになったグネーフの身体の前面に、ケンイチは腰を深く落とし構え、静かに息を吸い・・・。


「せいっっっ・・・」

「・・・っ⁈」

「やあああぁぁぁーーー‼︎」


 グネーフの腹部へと跳び込み、渾身の拳撃を叩き込むケンイチ。


「ぐぐぐぅぅぅ・・・」

「あああぁぁぁ‼︎」


 グネーフの身体を貫ぬかんばかりに、叩き込んだ拳へと力を込めるケンイチ。


「な・・・⁈」


 其の身体から発散されるオーラは、眩い光と激しい衝撃波を発し、俺は光と衝撃波から瞳を守る様に、腕を双眸の前へと翳した。


「っっっ‼︎」


 時間にして1分程だろうか、衝撃波が収まった事で、双眸の前の腕をどけ、状況を確認すると・・・。


「・・・」

「・・・」


 ケンイチの拳はグネーフの腹部へとめり込み、グネーフは腕を撃ち返されたまま、其の腕は天へと向かい伸び、2人はその体勢のまま固まっていた。


「倒し・・・」


 グネーフが動きを止めている為、攻撃した側のケンイチの勝利かと思った俺だったが・・・。


「こい・・・、つ」

「な⁈」


 意識を失っていなかったグネーフは、振り上げる様な形になっていた腕の拳に力を込めて、硬く握り締める。


「・・・」


 オーラを発散し力を使い過ぎたのか、ケンイチは無反応のまま固まっている。


「ケンイ・・・」


 俺がケンイチへと危機を伝える為、呼び掛け様としたが・・・。


「ふんが‼︎」

「・・・っっっーーー‼︎」


 其れは今迄に無い位、ハッキリとしたグネーフの声に掻き消され、俺の瞳には振り下ろされたグネーフの拳を無防備で受け、人形の様に受け身も取れず、地面に叩きつけられるケンイチの姿が飛び込んで来た。


「ケンイチ様‼︎」

「これも・・・、だ‼︎」


 グネーフは自身の足下の大地へと、抉る様に拳撃を撃ち込み、其れによって弾け飛んだ岩の塊は、ケンイチへと一斉に襲い掛かった。


「ケンイチ様‼︎」


 悲鳴ですら上げられないケンイチへと、俺が再び呼び掛けると・・・。


「う、うる・・・、せ・・・」

「ケンイチ様‼︎」

「し、しつ・・・、っ」


 ケンイチは意識はある様だが、視線は此方に向ける事は無く、何もない空の先を見つめながら、何とか応えて来た。


「次はお前だ・・・、ガキ」

「・・・グネーフ‼︎」


 俺へと視線を向けて来たグネーフに、俺は奴を見据え、漆黒の翼へと魔力を注ぐ。


「いく・・・」

「来・・・」


 互いに臨戦体勢に入る、俺とグネーフだったが・・・。


「ま、待・・・、てっ」

「ケンイチ様⁈」

「まだ、お・・・、れは、終わってねえ」

「・・・っ⁈」


 地面に仰向けで倒れたまま、右の拳へと生命力を燃やし、オーラを込めるケンイチ。


(言葉は途切れ途切れ、まともに答える事も出来ないくせに・・・)


「無駄な事を」

「グネーフ・・・」

「だけど・・・」


 起き上がる事は出来ないが、未だ意識の残るケンイチへと、グネーフは駆け出し・・・。


「此れを・・・、喰らえ」

「ぐっっっ‼︎」


 一蹴すると、ケンイチは低い呻き声を漏らし、地面を転がった。


「ちっ、だか・・・」

「来んなっ‼︎」

「・・・っ⁈」


 翔け寄ろうとした俺へと、先程迄よりハッキリとした声で、一喝して来たケンイチだったが・・・。


「ぐぅぅぅ・・・、っっっ」


 骨でも折れているのだろう。

 直ぐに胸を押さえて、苦しそうにしていた。


「なら、一思いに殺ってやろう」

「・・・っ」


 そんなケンイチの様子に、静かに歩み寄ったグネーフ。


「・・・ぅ」


 グネーフにより陽の光が遮られたケンイチは、消え入る様な呻き声を漏らす。


(此れは、恨まれても・・・)


 翔け出そうとした俺を、見据えて来たケンイチ。


「・・・」

「・・・っ⁈」


 其の双眸に灯っているのは・・・。


(な、何を・・・?)


 一瞬の迷いが生じた俺。

 其の間に、グネーフは右脚を上げ、ケンイチへと構え・・・。


「此れで・・・、終わり・・・」


 踏み潰す為に、振り下ろそうとした・・・、刹那。


「んなもん・・・、喰らうか‼︎」

「な・・・⁈」


 瞬時に起き上がり、グネーフの左足下へと駆けた、ケンイチは・・・。


「はぁぁぁ‼︎」


 グネーフの左足下の大地を、散々グネーフがして来た様に、左の拳撃で抉ると・・・。


「・・・ぬが⁈」


 軸足の安定を失ったグネーフは、後方へと倒れ込んでいく。


「・・・」

「・・・っ⁈」


 見とけとでも言わんばかりの視線を、俺へと一瞬送って来たケンイチは、倒れ込んでいくグネーフの頭部へと跳び込み・・・。


「はあぁぁぁ・・・」

「ぐぬ⁈」


 倒れていた時から注ぎ続けていた右拳のオーラを、更に注ぎ込み、其れが暴力的な迄に膨れ上がった・・・、刹那。


「ぶっ殺ぉぉぉーーーぉぉぉ‼︎」


 並みの使い手なら声だけで殺せそうな咆哮を上げ、グネーフの顔面へと其れを叩きつけると・・・。


「っっっーーー‼︎」


 グネーフは悲鳴も上げる事も出来ずに、其の頭部は大地へとめり込み・・・。


「・・・」


 生死の判断は付かないが、完全に倒れてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁぁぁ・・・」

「ケ、ケンイチ様・・・」


 肩で息をするケンイチへと呼び掛けた俺。


「・・・ちっ」

「・・・っ」

「見たか・・・、この野郎」

「は、はい・・・」


 ケンイチは完全に膝が笑っていたが、其れを地面に突く事はせず、意地を示す様に応えて来たのだった。

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