第416話
「叛逆者の証たる常闇の装束」
漆黒の装衣を纏い、戦闘準備を整えた俺は・・・。
(天井は余り高くないな・・・)
視線だけを上に向け確認し、翼を広げるのは待った。
(縫で動きを止めれれば、楽に脱出出来るが・・・)
出来れば上空から地形の確認もしたいし、転移の護符は切り札に取っておきたい。
そうなると、敵の数は多いし、闇の支配者よりの殲滅の黙示録による門での各個撃破は、魔力の負担が多過ぎるし、この後の偵察に支障が出る。
(とりあえずは壁に穴を開けさせて貰うか・・・)
先ずは逃走経路を作ろうと、俺は軍人達を見据え牽制しながら、横歩きで右手側の壁へと悠然と向かう。
(焦る必要は無い)
幾つかの手段を残しつつの行動に、この多勢に無勢の状況にも拘らず、俺の心は不思議な程に落ち着いていた。
「止まれぇ‼︎」
「・・・」
進行方向の先に居る兵士からの怒号に、俺は何の反応も示さずに進む。
「いつ迄自由にさせる気だ、さっさと捕らえよ‼︎」
「はっ‼︎」
俺へと武器を構え、固まったままの兵士達へと指示が飛ばされた・・・、刹那。
「静寂に潜む死神よりの誘いッ‼︎」
俺は右腕を皇帝の方へと伸ばし、玉座の背凭れの頂きに施された装飾へと、不可視の一閃を放った。
「・・・ぐっ⁈」
斬り裂かれた装飾は、皇帝の肩に当たり、其の足下へと落ち、皇帝は痛みからか、驚きからか、呻き声を漏らした。
「陛下ぁ‼︎」
「動くなっ‼︎」
「・・・っ⁈」
皇帝へと駆け寄ろうとした者達に一喝し、俺は右腕を皇帝へと伸ばしたまま、横歩きを続ける。
「道を空けろ‼︎」
「な⁈そんな事が・・・」
「五月蝿いっ‼︎貴様等の意見など求めていない‼︎」
「・・・ぐぅ」
歩みを止めた俺は、右腕の構えは解かず、横目で壁際の兵士達を見据え、恫喝混じりの指示を飛ばした。
(仕方ない、もう一発・・・)
俺が動けずにいる兵士達に、決断を迫る一撃を放とうとすると・・・。
「其の男の言う通りにしろ」
「っ⁈アルヒミー様っ⁈」
「陛下の御命には代えられん、早くしろ」
「は、はっ‼︎」
「・・・」
俺を此処に連れて来て以降、何の反応も見せずにいたアルヒミーの指示に、兵士達は一斉に移動し、壁の前を空けたのだった。
皇帝は魔法の効果が判明してない以上、指示も含めて動きは取れないだろう。
(そう考えると、此の場で皇帝の次の位置に居るのはアルヒミーって事か)
「・・・」
凡そ覇気など感じさせない双眸で、見据えるというよりは、観察する様な視線を向けて来るアルヒミー。
(魔流脈に魔力の流れは感じ無いし、アイテムポーチへも手を触れてない)
服装に弛みも無い為、武器を隠している可能性も無いだろう。
(此処で俺を捕らえなくても、外で捕らえる手が有るのか、其れとも既にサンクテュエールへの侵略の準備が完了しているのか)
何方にせよ、とりあえず此処を出る必要が有る。
(とりあえず・・・)
俺は兵士達の空けた道を通り、壁へと空いていた左手で触れ・・・。
「執行人による紅蓮の裁き」
詠唱を行い、脱出の準備を完了した。
「退けっ‼︎」
「・・・っ⁈」
左手側の壁際に立つ者達へと、大声で指示を飛ばす。
「退かなければ、命の保証は無いっ‼︎」
「わ、分かったから、止めろ‼︎」
俺が未だに皇帝へと腕を伸ばしている為、勘違いをした様子で、壁際に立っていた者達は、蜘蛛の子を散らす様に駆け出した。
「待つ必要は無いんだが・・・、なっ‼︎」
言葉とは裏腹に、反対側の壁前が空いた事を確認し、俺は魔法陣を発動させ、爆炎を発射する。
「・・・っ」
轟音と共に、眼前を深紅の激流が通り、その熱風に眉間に皺を寄せながらも・・・。
「闇の支配者よりの殲滅の黙示録・・・、門」
爆炎による轟音と立ち込める黒煙に紛れる様に、自らの影へと飛び込んだ。
(向こうに見える出口から・・・)
素早く闇の底を泳ぎ、反対側にいた者の影から飛び出ると、其れはどうやら年老いた役人らしき者の影だった。
(都合が良いな)
「あがっ⁈」
「な、何だ?」
「いつの間に⁈」
俺は其奴の背後から腕を取り締め上げると、周囲の者達は驚愕の表情を浮かべ、声を上げた。
「翼ッ‼︎」
「あ、あ・・・」
間髪入れず、漆黒の翼を広げた俺は・・・。
「この件は、そのまま陛下に伝えさせて頂きますよ、皇帝陛下?」
「ぐぐ・・・」
皇帝に向かい告げると、皇帝は奥歯を噛み締めながら、声を漏らした。
「待て・・・」
「っ⁈」
耳元で囁かれた呼び声に、俺は背筋に電流が走る感覚を覚えた。
(アルヒミー・・・)
声の主はアルヒミーで、俺との距離は先程から縮まっておらず、数メートルを保ったままだった。
「何か?」
「戻ったら愚妹に伝えよ」
「愚妹?」
「フェルトだ。貴様とは同じ学院だった事は、調べが付いている」
「あ、あぁ・・・」
「何だ、知り合いでは無かったのか?」
「まぁな・・・」
俺が聞き慣れない呼び方に、最初誰の事を言っているか分からなかった為、アルヒミーは勘違いをしてくれたらしく、其れに乗っておく事にした。
「まあ良かろう。愚妹に貴様の我が家から盗み出した物は、必ず取り戻すと言っておけ」
「盗み出した物?」
「そうだ。サンクテュエール全土、たとえ他の国に逃げてもだ」
「・・・会う可能性は、低いんじゃないのか」
適当に嘯いた俺だったが・・・。
(フェルトの奴、何を・・・?)
アルヒミーが嘘偽りを言ってないとは限らないが、フェルトも倫理観など持っているタイプでは無い。
ただ、フェルトが何かしら持ち出したなら、其れは研究費か、旅の路銀に消えている可能性が高いと思うが・・・。
「其れと・・・」
「まだ・・・」
「もう一つ、愚妹と・・・、そして貴様」
「ん?」
「貴様等の心臓は必ず手に入れてみせる」
「な、な・・・⁈」
心臓を手に入れる、そう高々と宣言したアルヒミー。
(必ず自らの手で殺すという意味か・・・)
比喩のつもりなのだろうが、かなり物騒な言葉を選んだアルヒミー。
「丁重に断っておこう」
「く、くくく・・・」
拒否を示した俺に、冷たい眼差しのまま、口元だけを歪めながらも、不自然に笑い声を上げたアルヒミー。
俺はその様子に、気色が悪いとは思いつつも・・・。
「・・・はぁ‼︎」
爆炎により空いた壁の穴から、闇の翼を広げ飛び出したのだった。
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