第384話


(さて・・・と、どうするかな?)


 相手にはっきりとした敵意が無い以上、此方から打って出るのは得策では無いだろう。


(冒険者だった場合、アームに迷惑が掛かるしな・・・)


 ただ、此の状況で仲間達を呼び寄せるのもどうかと思った。


(1人なら空を取れるし、転移の護符も素早く使えるしな)


 結局、丁度良い位置に転移の護符をセットしようと、一歩踏み出した瞬間だった。


「すまないっ」

「・・・?」


 声が聞こえて来たのは、此方を観察する視線を感じる、針葉樹の影から・・・。

 少し張ってはいたが、威圧感等は無い呼び掛けだった。


「何でしょう?」

「貴殿は今、空を飛び来た様に見えたが?」

「・・・えぇ、まぁ」

「すまない、怪しい者では無いのだ。ただ、気が動転してしまい、この様な対応になってしまった」

「はぁ・・・」


 怪しい者では無いというのは疑わしいが、空を飛ぶ人間を見て驚いたというのは、言い訳としては違和感は無かった。


「最初に、サンクテュエールの旗を掲げた船を見て、観察をしていたのだが・・・」

「・・・」


 確かに俺の船には国王から貰った時に、其の帆にサンクテュエールの紋章が刻まれていた。


「貴殿はサンクテュエール商人か?」

「いえ、商人ではありません」

「では、軍人か?」

「いいえ」

「そうだろうな。軍人なら軍規により、公務中は所属国の紋章を身に付ける必要がある筈だ」

「そういう貴方達は何者なのですか?」

「・・・っ⁈」


 男は短く動揺した様に息を吐いた。


「敵意は無い様ですが、数十人が身を潜めていると、此方もあまり質問に答えたくは無いですね」

「・・・」

「所属を教えて貰えますか?」

「それを聞いてどうするのだ?」

「私は此の島での活動が目的です。然し、其の内容を何処の者とも分からない人間に、観察されたいとは思いません」

「・・・」

「ただ、排除をするとなれば、貴方達の所属先に、先ずは陛下より通告して頂く必要が有ります」

「何っ⁈陛下と⁈」

「ん?えぇ、当然でしょう?」


 姿を見せない男は、俺がサンクテュエールの関係者である事は分かっているだろうに、俺が国王へと連絡すると言うと驚いた声を上げた。


「お、・・・ぃ」

「・・・ぅ」

「ぅ・・・、・・・む」


(何だ?仲間割れでは無いけど、意見がまとまらないのか?)


「あまり、時間は掛けたく無いので・・・」

「ま、待ってくれっ」

「・・・?」

「少し話をさせてくれ」


 声と共に姿を現した男。

 其の相貌を見て俺がつい漏らした呟きは・・・。


「・・・山賊?」

「な、何を言うんだっ‼︎」


 大層不満げな反応の男だったが、顔は薄汚れ、髪もボサボサ、おまけに服装は獣の毛皮を継ぎ接ぎにし、全身を覆うマントを纏っている。


(山賊で無ければ盗賊、狩人は・・・)


 俺の周囲で弓を射るのは、フレーシュとブラートの2人だったので、どうしても目の前の此の男が弓を射るイメージが湧かなかった。


「では、貴方は何者なのですか?」

「此れを見れば分かるだろう」

「此れって・・・、ん?」


 継ぎ接ぎだらけのマントの胸元には、サンクテュエールの紋章が唯一綺麗に輝いていた。


「・・・盗賊?」

「だから、違う‼︎」

「う〜ん・・・?」


 頭に疑問符しか浮かばない俺。

 国王はサンクテュエールは現在ザストゥイチ島及び、其の周辺での活動は行なっていないと言っていた。

 商人であろうが、当然国外での活動を行う場合、国に許可を得なければならないし、男の持つ紋章はその許可を得た証だった。


(考えられるのは、此の男が別の場所での活動許可を得て、無断でザストゥイチ島に来たという可能性かぁ)


「・・・賊?」

「・・・何故だっ⁈」

「私は陛下の許可を得た時に、陛下より現在ザストゥイチ島での活動者は居ないと確認を得ています」

「うっ・・・」


 俺が淡々と事実を告げただけなのに、分かりやすく言葉に詰まった男。


(やはり、何かしら裏が有りそうだな)


「此れには、深い事情があるのだ」

「事情とは?」

「貴殿の様な若者に、其れを説明しても・・・」

「はぁ・・・」


 俺を値踏みする様に見て来た男。

 失礼では態度ではあったが、俺の外見を考えると仕方ない事ではあった。


「では、一応所属を教えて頂けますか?」

「所属をか?」

「えぇ。陛下に頼み照合して頂きますので」

「貴殿は先程から、簡単に陛下に御目通りが叶う様な口振りだが・・・、一体?」

「そうですね。私から先に名乗った方が良いでしょう。私の名は司=リアタフテ。リアタフテ家現当主ローズ=リアタフテの夫です」

「リ、リアタフテだとっ⁈」


 俺が名乗ると、リアタフテの家名に過剰な反応を示した男。


「え、えぇ。其れがどうかしましたか?」

「・・・っ」


(どうしたんだ急に?若干緊張感が増した様な・・・?)


「では、貴方の所属を答えて貰えますか?」

「・・・ぅっ」

「あのぉ?」

「あ、ああ・・・」


 答え辛そうにする男に、俺は遠慮せずに答えを促した。


(別に俺が名乗れば名乗ると約束した訳では無いが、此処は答えて貰う必要がある)


「お答え頂けます・・・、ね?」

「・・・っ」

「適切な判断をする事をお勧めします」

「そうか・・・、貴殿がリアタフテ家に婿入りした麒麟児という訳か」

「さて・・・?自身への評価は分かりかねます」

「貴殿がリアタフテの者ならば仕方あるまい」


 俺がリアタフテ家の者だから・・・。

 その後に続いた男の言葉に、俺は驚く事になった。


「私はフェーブル辺境伯軍所属の『セリュー』という者だ。ディシプル軍と共謀しリアタフテ領に進軍した際、何者かによって此処へと飛ばされたのだ」

「え?」


 何から問いただせば良いのか分からない事を、一気に告げて来たセリューと名乗った男。


「え、え〜と・・・?」


 俺は正しい反応が瞬時には思いつかず、唖然として一瞬固まったのだった。

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