第383話


「風が冷たい・・・?」

「頭ぁ」

「ん?ナウタさん?」


 俺が甲板上で昨日迄より少し温度の低い風を頰に感じていると、ナウタから声が掛かった。


「もうそろそろ着きやすぜ」

「え?もうですか?」

「へい」


 予定より早い到着を告げられ、俺は驚きから少し間の抜けた声で聞き返した。


「此れが魔導船の力ってやつですかね」

「そうですか・・・」


 少し複雑そうな表情のナウタに、俺は頷くしかなかった。


「風も変わって来てやすしね」

「え?」

「ザストゥイチ島からの風を感じやせんか?」

「じゃあ、風が冷えたのは・・・?」

「へい。何しろ本当に永久凍土の島ですし」

「へぇ〜」


 話は聞いていたが、風の温度も変える程とは・・・。


「では、範囲外ギリギリ迄お願いします」

「へい。任せてくだせえ」


 範囲外ギリギリ。

 ザストゥイチ島への航海を依頼した時に、ナウタから提示された条件。

 船はザストゥイチ島に、一定の距離迄しか寄せられないとの条件。


「本当に炎の雨が降るんですね?」

「へい。雨と違って読めない分、対応出来無いんでさぁ」

「なるほど」


 今回の提示は、船を大事に思うナウタらしい判断だろう。


「しかも、上陸を目指すと、其れを防ぐ様に降るとも言われてやすし」

「・・・」

「本気で行くつもりですかい?」

「・・・当然です」

「へへ、それでこそ頭でさぁ」


 自分の事の様に得意げに笑うナウタ。


(まぁ、どの程度かは行ってみない事には分からないからなぁ・・・)


 俺はアイテムポーチの中の確認しながら到着を待つのだった。


 やがて凍る大地の島が視界に入って来た。


「あれが、ザストゥイチ島?」

「へい、頭」

「白銀の大地だな・・・」


 短く答えてくれたナウタ。

 甲板上には今回の旅の仲間達が集まって来た。


「気を付けて下さいね、司様」

「あぁ、フレーシュ」

「私も一緒行きたいですわ」

「いや、危険が増すから待っててくれ、ミニョン」

「それでは私が・・・」

「いや、ルーナもだ」

「司様、ですけど・・・」

「上陸後即戦闘開始も有るかもしれない。無駄な魔力消費は控えてくれ」

「・・・はい、分かりました」


 三者三様に俺の事を心配してくれたフレーシュ、ミニョン、ルーナ。


「手早く済ませてね、司」

「ルチル」

「僕はもう限界だよ・・・」

「・・・分かったよ」

「ふっ、頼んだぞ司」

「はい、ブラートさん」


 一方、ルチルとブラートの2人は特に心配した様子は無かった。


(ルチルはもう本当に限界らしいな・・・)


 船旅に慣れなかったルチルに、俺は到着迄屋敷で待つ事を勧めたが、貧乏性のルチルは自分だけの為に、高価な転移の護符を使用する事を躊躇い断って来た。


(どちらにしろ、到着後にアナスタシアとディアを迎えに行くんだがな)


「・・・っと」

「サイズは大丈夫ですか?」

「あぁ、丁度良いよ」


 俺が纏ったのは、フェルトに依頼して準備して貰ったマント。


「本当にこんな物で炎が防げるんですの?」

「当然です。マスターの発明は完璧です」

「うう・・・」


 飛龍と海龍の皮と鱗を使用し作ったマント。

 ミニョンはその効果に付いて懐疑的だったが、ルーナは其れを強めの口調で否定した。


「既に十分なテストは済ませているし大丈夫だよ」

「分かりましたわ、すいませんでした」

「いえ、分かって頂けたなら・・・」


 素直に謝罪したミニョンに、ルーナも其れを受け入れたのだった。


「良しっ」

「司様」

「翼ッ‼︎」


 俺はルーナからの声に、背中に漆黒の翼を広げる事で応えたのだった。


「待っててくれ」

「はいっ」


 甲板から飛び立った俺。


(炎の雨を考慮して、かなり距離を取っているから、少し時間が掛かるか・・・)


「永久凍土かどうかは分からないが、島全体が氷と雪に覆われているのは確かだな」


 甲板上から見た時も白銀の大地が見えていたが、上空から見下ろすと島全体が完全に白銀の世界である事が判明した。


「あんな所に魔物が生息出来るのか?」


 ザストゥイチ島への航海が決まり、情報を集めると、聞こえて来たのは魔物の生息情報。

 その昔、冒険者ギルドの本部が、ザストゥイチ島の探索を行った時、魔床を発見しダンジョンを生み出したらしかった。


「でも、探索拠点の整備に手間取って、結局ダンジョン攻略は挫折したんだよなぁ」


 冒険者がダンジョン攻略をしないという事は、ダンジョン内の魔空間の濃度が上昇しないという事。

 研究者によると、その為、魔物達が迷う様な形で、ダンジョン外へと出て来たとの事だった。


「それが望遠装置で確認出来ているみたいだが・・・」


 現状、俺は裸眼の為、その姿は確認出来無かった。


「良し・・・、到着っと」


 結局、炎の雨に遭遇する事無く、無事にザストゥイチ島へと降り立った俺。


「炎耐性は分からなかったが、耐寒は万全だな」


 俺がマントを撫でながら、1人納得した・・・、瞬間だった。


「・・・っ⁈」


 此方に送られて来る幾つかの視線に気付く。


(魔物・・・?いや、気配が・・・)


 俺は視線の中に殺気が感じられず、此方を観察する様な注意深いものを察したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る