第375話


「お久し振りです、クロート様」

「うむ。良く来たな」


 此処はアウレアイッラ、俺はクロートから刀完成の報告を受け、去年の冬以来の来訪をしていた。


「ふっ、精悍な顔つきになったな?」

「ブラートォ、貴様・・・」

「ふっ」

「は、はは・・・」


 軽口を叩くブラートに、眉間の皺を深くしたアルティザン。

 通常、エルフとドワーフは犬猿の仲らしいが、この2人は喧嘩をしながらも上手くやっている様に感じた。


(ブラートって意外に、こういう冗談言うタイプなんだよなぁ・・・)


 クールな相貌と、ニヒルな語り口のブラート。

 シエンヌ達3人組の中で、最も交流の多いブラートの事を、最近掴めて来た気がしていた。


「早速、見に行くか」

「はいっ」


 俺はクロートの言葉に頷き、その後に続いたのだった。


「おお、これは司殿」

「お久し振りです、ゲンサイさん」


 たどり着いた先は、アウレアイッラの鍛冶場で、既にゲンサイが到着していた。


「仕事中から見せて貰っていたが、やはり完成するとまた違う凄みがあるな」

「そうですか」

「見てやってくれ。我が国を代表する刀匠達と、クズネーツの方達の共同の仕事だ」

「はい・・・」


 ゲンサイは俺に場所をあけてくれた。


「此れが・・・」


 俺が進み出た先、眼下の台座に刃を剥き出しに鎮座する黒刀。


「・・・ごくっ」


 下品だと思ったが、音を立て生唾を飲み込む事を抑えられなかった。


「凄い・・・」


 其の刃は深淵の底を感じさせる程、漆黒の闇色に輝いていた。


「持ってみよ」

「クロート様・・・、はい」


 俺は刀から発される荘厳な神々しさに、手にする事が躊躇われたが、意を決して柄に手を添えた・・・、刹那。


「・・・っ⁈」


 其れ迄の躊躇いが嘘の様に、引き寄せられる様に指を閉じると、まるでそうなる事が決まっていた様に、柄糸にしっくりと指が沈んでいった。


「どうじゃ?」

「す、凄いです。手にしただけで、此の刀の凄さが分かります」

「ふんっ」


 クロートが鼻を鳴らしたのは、俺が生意気な事を口にしたからか、其れとも自身の仕事に絶対の自信を持っているからかは分からなかったが・・・。


「・・・」


 然し、此の刀を手にし、視界に入れると、どんな賞賛の言葉も陳腐に聞こえる程、絶対的な畏怖の念を抱かざるを得なかった。


「まあ、良かろう」

「クロート様、アルティザンさん、其れに皆さんも、本当にありがとうございました」


 俺は改めて、刀を打ってくれた人達に深く頭を下げ、礼を述べたのだった。


「ふんっ」

「儂は其れ程、働いておらんがな」

「真田殿、其の刀で負けてくれるなよ?」

「はいっ」


 俺は刀匠達の言葉に、はっきり応えたのだった。


「では、名を刻んでくれ」

「え?私がですか?」

「当然であろう。お主の刀じゃ」

「・・・」


 かなり重要な役目だと思うが、クロートは当然の様に告げて来た。


「『妖刀朔夜』・・・、どうですかね?」

「ふむ、白夜を撃ち砕く為の刀じゃ。妖刀朔夜か・・・、うむ、良い名じゃ」


 納得してくれた様子のクロートに、俺はホッと胸を撫で下ろしたのだった。


(俺は白夜を手にした事は無いが、朔夜はあれに撃ち勝てるだろうか・・・?)


 そもそも、俺と仮面の男の力の差も現状掴みきれておらず、此れ程の絶対的な力を手に入れても、心の中の不安は拭いきれないのだった。


「安心しろ、司」

「ブラートさん?」

「お前は間違い無く強くなっている」

「・・・っ」

「初めて・・・、あの洞窟で会った時、共に九尾と闘った時、白夜を手にするあの男とのレイノでの闘い。そして今も日々成長している事を、俺は知っている」

「ブラートさん・・・。はいっ」


 俺の不安を感じ取ったのか、ブラートは俺へと声を掛けて来てくれた。

 其の語り口からは、世辞も甘さも感じられず、共に闘って来た者からの真実の評価に俺は頷いたのだった。

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