第372話


「ちっ、口ばかりの独活の大木めっ‼︎」

「もう、諦めろっ」

「アタシを守りなっ‼︎」


 ナミョークの怒号に応える様に、残存する飛龍達が翔けて来るが・・・。


「ふふふ、愚かな」

「やらせる筈が、ありませんっ‼︎」


 ディアとアナスタシアによって、行く手は阻まれた。


「見てるんだろ『ナヴァルーニイ』ッ‼︎」

「馬鹿が・・・」

「・・・っ⁈」


 ナミョークの訳の分からない喚き声に反応し、俺の耳元に囁く様な声が聞こえて来た。


「うるさいっ、助けなっ‼︎」


 声から俺は背後を取られたかと思ったが、ナミョークが声を飛ばしたのは、しっかりとした幹から伸びた太い枝の上だった。


「隙を突いて首を獲れる思ったが・・・」


 声の主に視線を向けると、白銀に近い金髪は柔らかそうなウエーブがかかっていて、その肌は日の光を浴びた事が無い様に白く、上背こそかなりあるが、身体つきはスラリと細く力強さは感じなかった。


(彼奴は・・・、エルフか?)


 男の顔を見ると双眸は切れ長でコバルトブルーの艶っぽい輝きを放ち、その横にある耳はエルフ族特有の尖ったものだった。


(木の上からという事は、弓矢による射撃か、魔法を使って来るか・・・)


 相手がエルフとはっきりしている為、その攻撃手段にある程度の想定は出来た。


(通常考えれば奴の守るべきはナミョークの筈。ナミョークを仕留めれば、操られた者は飛龍達も含め全て解放されるからな・・・)


 魔法で来るとなるとブラートが飛龍達に使った様な、特殊な詠唱の魔法が来る可能性も有る。


(何処だ・・・)


 俺はナミョークとの距離を詰めながらも、ナヴァルーニイというエルフへの警戒をする。


(闇の支配者よりの殲滅の黙示録もそろそろ切れるし、切り札もそろそろ切らないと・・・)


「ふふ、オニーサン?」

「・・・何だ?」

「其奴、性格はオニーサンと同じで最悪だけど、腕は確かだからね?」

「ほぉ?」

「もう、諦めた方が良いんじゃない?」

「お前がな?」

「・・・ホント、可愛くないっ‼︎」


(さて・・・、と。トラッシュトークは此処迄にして・・・)


「静寂に潜む死神よりの誘い‼︎」

「・・・」


 俺の放った首元への不可視の風の魔法の刃。

 ナヴァルーニイは其れを軽く首を振り躱すと、舞い散る木の葉が虚しく裂けた。


「妙な魔法を使う・・・、というのは事実らしいな?」

「お前の仲間にも居るだろう?」

「さてな?」

「・・・?」

「貴様の言う仲間が誰の事かは知らんが、少なくともこんな魔法を見るのは初めてだ」


 どうだろう?

 仮面の男を知らないという発言は、俺と奴の魔法が重なる以上、此方を油断させる為のものにも聞こえるが・・・?


(もしかしたら、本当に会った事が無いのか?)


「そうかい?それならそれで良いさ」

「そうか」

「狩人達の狂想曲」


 俺は自らの足下に闇の狼を5匹詠唱し・・・。


「ほお?だが地上を這うだけ・・・」

「波ッ‼︎」


 漆黒の衝撃波をナヴァルーニイの居る樹木へと放つと同時に・・・。


「・・・っ」

「墜ちて来いっ‼︎」


 闇の狼達を樹木の根へと駆けさせる。


「なるほどな・・・」


 ナヴァルーニイは倒れる樹木から、意外な程身軽に降りながらその腕を地上に向け、魔法陣を詠唱した。


「・・・っ」


 俺はいつでも対応出来る様に構えたが、魔法陣からはごく普通の霧が生み出され、一瞬で森林の中に広がった。


(俺や仮面の男のものとは違うが・・・、どんな効果が?)


「・・・っ⁈」

「司様っ‼︎」

「馬鹿っ‼︎吸うで無い‼︎」


 ディアから怒号が飛んで来たが、時すでに遅しであった。


(何だ?毒の様では無いが・・・、何か視界に違和感が・・・?)


 魔法陣から生み出された霧を吸い込んだ俺は、身体に不調は無かったが、何故か視界に不思議な違和感が生まれた。


「・・・?行けっ‼︎」

「・・・」


 ただ、ナヴァルーニイは狙い通り地上に降りて来たので、俺は闇の狼達を差し向けた。

 然し・・・。


「な・・・⁈」

「無駄だ」


 ナヴァルーニイへと差し向けた狼達は、何故か同士討ちを始め、俺の指示通りには動かなかった。

 狼達を動かせたという事は、操られている訳では無い。


「視界に幻惑の術を掛けられているのじゃ‼︎」

「ディア・・・、そういう事か」

「九尾か」

「ちっ、不用意な」

「ふふふ、バーカ、バーカッ」


 ディアからの叱責と、ナミョークからおちょくる様な挑発。


(確かにな・・・、ただやる事ははっきりした)


「衣ッ‼︎」


 俺は術に嵌められている以上、使える手段は1つだけと、ナヴァルーニイに向き、ナミョークとの間に漆黒の衣を広げ、手出し出来ない様にした。


「ふふふ、何してるの?ヤケクソになって諦めた?」

「あぁ」

「ふふふ、だから言ったじゃ・・・」

「諦めたよ。お前を自分の手で仕留める事を・・・」

「え・・・?」

「呼ッ‼︎」


 俺が詠唱を行うと、ナミョークへと伸びる自身の影から、小さな人影が現れた。


「待ち草臥れたよ、司?」

「悪かったな」

「な、何だいっ⁈」


 アナスタシアとディア以外に増援は無いと踏んでいたのだろう。

 ナミョークは驚き、表情がかたまっていた。


「三途の川を渡しに来たんだよ、君を?」

「・・・っ⁈」

「渡し賃は、僕の道場開設の足しにさせて貰うよ?」


 ルチルは待ち草臥れて凝ったらしい肩を回しながら、物騒な事を口にしたのだった。

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