第350話


(何故だ⁈)


 俺は苦しさから声を上げる事は叶わず、心の中でエルマーナに問うた。


「司さ・・・、ぐっ‼︎」

「・・・っ」


 俺を助ける為、此方に駆け様としたアナスタシアだったが、側面から九尾に炎の弾で撃たれて倒れたのだった。


「・・・っ‼︎」


 1人になってしまったブラートは、何とか敵からの攻撃を防ぐのに精一杯で、俺やアナスタシアを救う事は不可能。


(こんな事になるなんて・・・)


 俺達は攻勢から一転。

 一気に絶体絶命の危機に陥ってしまった。


「・・・」

「っ⁈」


 俺の背から腹部に突き刺していた短剣を抜いたエルマーナ。

 悠然と進める歩みに、とどめを刺そうとしていると思った俺は、エルマーナの影へと何とか腕を伸ばしたが・・・。


「・・・⁈」

「・・・」


 エルマーナは特に気にした風も無く、然し俺にとどめを刺す事もせず、倒れたままの仮面の男へと歩み寄った。


(いつでも殺せるって事かっ?)


 自身を侮る様な行動に、若干の苛立ちも有ったが、俺は傷薬を求めアイテムポーチへと手を伸ばそうとしたが・・・。


「ふふふ、いけませんねえ」

「・・・っ⁈」

「それをされると努力が水の泡になりますので」


 エルマーナとは違い、俺の回復を見逃す気などさらさら無いらしいマントの男。

 まるで自身が、此の状況を作り出したかの様な口を聞いて来た。


「此れをお贈りしましょう?」

「がっ‼︎」


 マントの男は無理に優しい声色を作って、うつ伏せに倒れる俺の傷口を踏み付け、腕を槍の刃で突き刺して来た。


「ふふふ、大人しくしていて下さい?」

「な・・・、だっ」


 当然、従える訳も無い言葉に、俺は腕をマントの男の影に置き・・・。


「ポ・・・、門ッ‼︎」


 影渡りの詠唱を行なったが・・・。


「・・・⁈」

「ん?どうしたのでしょう?」

「・・・っ」

「ふふふ、もしかしたら魔法が切れましたか?」

「・・・」


 痛いところを突かれた俺だったが、其れがバレるのは癪だったので、意味の無い事だが必死に反応を抑えた。


(連発は・・・、出来ない。其れは本当に最後の手だ)


 闇の支配者よりの殲滅の黙示録の連続使用は、訓練では毎回即気絶の連続で、未だ成功した事が無かった為、俺はとりあえず別の手を探った。


「これはこれは、ご愁傷様です」

「・・・」


 俺が何か良い策の助けになるものは無いかと、周囲を観察していると、マントの男は最悪の状況を告げて来た。


「ふふふ、見て下さい。あの御方も復活です」

「・・・っ‼︎」


 マントの男の指し示した先、其処にはエルマーナからの傷薬による治療を受けたのだろう。

 先程迄、地面に倒れていた仮面の男が復活し、立ち上がっていた。


(くそっ、どうすれば・・・‼︎)


「ふふふ、ご無事でなによりです」

「・・・」

「其れとエルマーナさん?」

「何じゃ?」

「迅速な治療は感心ですが、真田様を先に仕留めてもらわないと困りますよ?」

「そんな事は妾の勝手じゃ」

「ふぅ〜・・・、困ったものですねえ」

「ふんっ」


 何やら険悪な雰囲気を漂わせるエルマーナとマントの男。

 俺はもしかしたらエルマーナが敵を油断させる為に、俺を襲ったとも考えた。


(プライドの高い女だし、自分で敵を仕留めないと納得しないのかも?)


 でも、其れでも仮面の男を治療する意味は無いし、やはり何らかの理由で賊側に付いたのだろう。

 だが、エルマーナとマントの男の様子はこの通りだし、賊はエルマーナを受け入れるつもりは無いのか?


(ただ、そう都合良く仲間割れなんてしないだろうな)


 俺は無駄な期待はせず、注意深く隙を窺った。


「我々の協力者になったという事で良いのでしょう?」

「勘違いするな?何度も言う様に、妾は自由じゃ」

「ふぅ〜、困ったものですねえ?そう思いませんか、真田様?」

「・・・」


 現状、俺は喋る事も儘なら無いし、たとえ喋れたとしても応える理由は無かった。


「高々、狐ごときですのに」

「ふんっ、貴様なぞに、言われる筋合いは無いのじゃ」

「事実を述べた迄ですよ?狐連中は人族を蔑みますが、そもそもは・・・」

「貴様、滅多な事は言うなよ」

「さて、どうですかね?私の自由でしょう?」

「ふんっ、小癪な事を言いおって」

「其れは此方の台詞ですよ?貴女に自由など有りません。妹の九尾ならともかく・・・、ね?」

「貴様ぁ・・・‼︎」


 どうやらディアと比較され、尚且つ自身を下に置かれた事がエルマーナの逆鱗に触れたらしい。

 眼光だけで人を呪い殺せそうな双眸で、マントの男を見据えた。


「事実・・・。当代は初代九尾の再来とも言われる逸材。其の母親も鬼神の如き強さを誇ったと聞きます」

「貴様なぞが母の事を語るなぁ‼︎」

「ふぅ〜、これだから狐は・・・」

「ふんっ」

「どういう・・・、事・・・、だっ?」


 一瞬の激昂の後、少し落ち着きを取り戻したエルマーナ。

 俺は少しでも隙を作る事を狙い、絞り出す様に自身を踏み付けたままのマントの男に問い掛けた。


「ほお?大丈夫ですか、真田様?」

「わ、態とらしく心配した振りをする必要・・・、無い」

「ふふふ、非道い方だ」

「ふぅ・・・、ふぅ、お前は狐の獣人に詳しいみたいだな?」

「狐の・・・、獣人。ですか?」


 狐と獣人の間に2拍程の間を開けたマントの男。

 此の男は最初から狐の獣人達を狐呼ばわりして、獣の様な扱いをしていた。


「お前風に言えば、狐・・・、か?」

「ふふふ、ええ、そうなのですよ」

「・・・」

「此れ等は私や真田様、そして彼処で倒れている、犬の獣人などとは根本的に違う存在なのですよ」

「根本的・・・、な」


 マントの男は自身と俺、そして俺と同じ様に地面に倒れ、九尾に踏み付けられているアナスタシアを指しながらそんな事を告げて来た。


「何が違うんだ?俺には違いが分からないが・・・」

「ふふふ、勿論そうでしょう。一見しただけでは区別は付きませんからね」

「じゃあ・・・」

「真田様は有史より以前。楽園より追放者と守人が、此のザブル・ジャーチに現れた当時の事をご存知ですか?」

「さてな?」

「ふふふ、そうですか・・・、残念です」

「・・・」


 何とも思ってない風に、残念と口にしたマントの男。


「では、不肖私奴がお教えしましょう」

「・・・っ、な⁈」

「と言いましても、時間も有りませんし狐の誕生のみですが・・・」


 そう言いながら纏っていたマントを脱いだ男。

 俺はマントの下から現れた姿に、一瞬絶句してしまったが、見過ごせない光景に何とか言葉を絞り出した。


「お前は・・・、ルグーン?」

「ふふふ、お久し振りですね」

「な、何故・・・?」


 マントの下から現れたのは、ディシプルの闘いで捕らわれ、自害した筈のルグーンだった。

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