第347話
(ちくしょう・・・、落としたと思ったのにな)
正直なところ、あと一歩のところ迄追い詰めていた仮面の男の反撃に、俺は心の中で舌打ちをしたのだった。
(やはり、あの手を使うしかないか?)
頭を過るのはグロームに完全敗北した後に大魔導辞典に記し、日々訓練を進めている魔法。
(どういう原理か知らないが、俺が魔法を記すと此奴にも力を与える事になるからなぁ・・・)
未だ解明されない謎に、不思議と不安より不快感の方が大きかった。
(新魔法は対仮面の男も想定しているし、此れが完成すれば此奴を上回る事も可能になる)
ただ、完成には程遠いのだが・・・。
「司様っ」
「アナスタシア・・・、おぉ・・・」
地上から掛かったアナスタシアの声に、視線を下ろすと、賊に操られマントを纏った狐の獣人達は全滅していたのだった。
「加勢します」
「おう」
大剣へと魔石を装着し、斬撃の体勢に入ったアナスタシア。
闇の狼に喰らった背中の傷で、仮面の男の動きは明らかに鈍っていて、この好機を逃すべきで無いと、俺はアナスタシアと呼吸を合わせた。
(アナスタシアが斬撃を放ち、其れに対応した瞬間に間合いを詰めるっ‼︎)
言葉で伝える迄も無く、策を共有した俺とアナスタシア。
膝を沈め腰を落としたアナスタシアに、俺は闇の翼へと魔力を注ぐ・・・。
「ふふふ、困りましたねえ?」
「・・・っ」
マントの男は何処に潜んでいたのだろう。
先程地上を観察した時は視界には入らなかったのに、いつの間にか姿を現していた。
「此れは使いたくなかったのですが・・・」
「お前の相手は・・・」
ブラートが男に向かい腕を伸ばし、詠唱を始めた・・・、刹那。
「ふふふ、無駄です」
「な・・・⁈」
空一面を覆った無数の魔法陣。
一瞬の間、狩人達の狂想曲フルバーストの使用を疑い、仮面の男に視線を向けたが、男は未だに傷で動きが止まっていたのだった。
(新手・・・。いや、今はそんな事・・・‼︎)
詠唱は既に完成している。
俺は仲間を集中砲火から護る為、魔力を注いでいた闇の翼で地上へと翔け・・・。
「深淵より這い出でし冥闇の霧ァァァ‼︎」
仲間達の足下に広がる魔法陣から、漆黒の霧が這い出でる。
「ふふふ、はてさて?」
惚けた様な口調で、此方を挑発して来るマントの男。
ただ口調とは裏腹に、上空の魔法陣から生み出された炎の弾。
真紅に染まった空が、周囲の温度を一気に高めた。
「司様っ‼︎」
「動くな、アナスタシア‼︎」
「・・・っ⁈はい‼︎」
(耐え切れるかな・・・?)
不安になった俺だったが、自身が防げなければ皆火の海に沈められてしまう。
其の思いが・・・。
「がっ・・・、あああぁぁぁーーー‼︎」
無数の炎の弾を、漆黒の霧が飲み込む度に襲い掛かる動悸と、魔流脈を無数の獣に喰い千切られる様な痛みから、俺を持ち堪えさせたのだった。
「・・・ぐうぅぅぅ」
「司様っ‼︎」
「アナスタシア・・・、上だ‼︎」
「は、はいっ‼︎」
俺は何とか自身の意識が保てている内に、アナスタシアへと檄を飛ばした。
「はあぁぁぁ‼︎」
アナスタシアの放った強力な紅蓮の斬撃。
宙を切り裂き自身を襲う一撃に、仮面の男は大楯の準備は間に合わず、纏し光の装衣に魔力を注ぎ防御姿勢にはいった。
「・・・っ⁈」
光さえも焼き尽くすのではという強力な一撃。
炎に包まれた仮面の男、その生死は不明だった。
(ただ、墜落しないところを見ると耐えたか?)
やがて俺の方も、魔法を受け切った事による苦痛が治っていく。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・」
「司様っ、大丈夫ですか⁈」
「あ、あぁ、何とかな・・・。それより・・・」
俺は不安そうな表情で、目尻に光るもの迄見せるアナスタシアに応えながらも、其の双眸は未だ健在なマントの男を見据えた。
「お前が最後か?」
「ふふふ、いえいえ、まだあの御方は健在ですよ。其れは真田様が一番お分かりでしょう?」
「さてな?」
「ふふふ、でも流石ですね。あれ程の魔法攻撃を受け切り、意識を保たれているとは?」
「お前に世辞を言われる筋合いは無いぞ?」
「ふふふ、やはり非道い方だ」
「さぁ、もう時間稼ぎは良いだろう?そろそろ・・・」
俺が呼吸も落ち着いて来たので、再び剣を構えると・・・。
「ふふふ、そうですねえ・・・、そろそろ」
「行く・・・」
俺が足裏に力を込め、地面を蹴ろうとした・・・、瞬間だった。
「来なさいっ」
今迄より若干の力を感じる男の命。
「・・・っ、な・・・⁈」
「ふふふ・・・」
反応して現れたのは・・・。
「何故九尾が・・・」
ディアと同様の九尾の銀狐。
「1、2、3・・・、9だと・・・⁈」
マントの男を守る様に、前方に立った九尾の銀狐。
其の数は何と9人なのだった。
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