第343話


「モナールカ様」

「良い。それより『リスト』は?」

「はっ。容体に変化はありません」

「そうか」


 モナールカに連れられて来た、彼女の男妾が療養生活を送っている建物。

 外観は俺達の寝泊まりしている空き家とさして遜色無いもので、世継ぎの父親の療養先としてはどうかというものだった。


(まぁ、そんなレベルのものを、客人である俺達にも用意してるんだけど・・・)


「だが、楽しみだな」

「ブラートさん?」

「初めて見る魔法だからな」

「あぁ、そういう事ですか」


 今日の同行者はブラートのみで、ディアは試練に向けての準備を、アナスタシアはその手伝いと単独行動にさせない為についていた。


「では、リアタフテ殿」

「えぇ、了解です」


 モナールカから掛かった声に、揺れる3本の金色に艶めく尾に続き建物へと入っていくのだった。


「あ・・・、ああ、・・・あ」

「・・・っ」

「どうした、リアタフテ殿?」

「いえ・・・」


 椅子に拘束具をつけられ、複数の管を身体に繋げられ座らされている、リストというモナールカの男妾。

 其の様子はリヴァルの時より顔の血色なども良く、何より何かしらの意識を感じさせるものだった。


(やはり高齢の人族と、成人の獣人では体力の差が有るんだな。尚且つ狐の獣人は、魔力に優れているのも関係しているのだろう)


 まさか、使用している薬品が、狐の獣人達の物の方が優れているという可能性は無いと思うのだが、もしそうだとしても悟られるのはあまり得策では無いと感じた。


「すまぬな、リアタフテ殿」

「え?」

「通常なら娘が付いて居るのじゃが、リアタフテ殿が来ると聞いてな・・・」

「はぁ、お気になさら無いでください」


 突然の謝罪に驚いた俺に、モナールカが告げて来た内容。

 それは彼女が口にしなければ気にもならなかった事で、寧ろ俺を動揺させる為に謝罪したのではないかと邪推したくなるものだった。


「それで、どうじゃ?」

「えぇ、可能だと思います」

「そうか」


(まぁ、狙ったにせよ、天然だとしても其れに乗せられる必要は無いがな・・・)


 今回のレイノ訪問の目的はあくまでディアの秘術習得。

 眼前の男には悪いが、蛇足はさっさと済ませるとしよう。


「それでは・・・」

「うむ、頼む」


 男との距離をゆったりと詰め、その間に湧いて来そうな高揚感を抑え呼吸を整える。


(ふふ、ブラートじゃないけど俺自身も興奮してるんだな・・・)


 俺は緊張を上回る不思議な感情に、心の中で自嘲してしまった。


「ああ・・・、あ、ああ、あ」

「・・・」


 ただこの男の様子に、2度目の使用となる魔法成功の不安は無かったのだった。


 翌日・・・。


「ちゅかさ、きょうはどこもいかないの?」

「あぁ、俺の役目は終わったからな」


 リストへの聖跡に芽吹く蒼薔薇の息吹を成功させた俺。

 本日はディアの準備に付き合っていた。


(まぁ、成功といっても成果はリヴァルの時と大差なかったが・・・)


 ただ依頼人のモナールカは特に気にした様子は無く、看病が楽になると少し喜んだ様子だったので問題は無いだろう。


「はぁ〜・・・。じゃましないでね」

「いや、その反応は流石に・・・」


 ディアはその様子から本当に俺が居る事を邪魔と感じている様で、胸に少しチクリとした痛みを感じた。


「どっか行っとくか?」

「かってにすればっ」

「・・・」

「はぁ〜・・・。好きにせよ?」

「お、おう・・・」


 俺に背を向けながらそう言ったディアは、久し振りに見る9本の銀色の艶やかな尾を揺らした。


「準備は良いですか、ディア?」

「良かろう」

「・・・行きますよ?」

「また、転がしてやろう?」

「・・・」


 血縫いの槍を構えたディアに、対峙するのは愛用の大剣を手にしたアナスタシア。


「お、おい・・・⁈」

「大丈夫です司様」

「・・・っ」


 驚いた俺にも何でも無い風に応えたアナスタシア。


「安心せよ、手加減はしてやろう?」

「・・・必要有りません」

「ふふふ、愛い態度をせよ?」


 そんなアナスタシアを、ディアは不敵に挑発していた。


(また転がしてやるって事は、昨日はディアの勝利だったという事か・・・)


 魔法有りなら確かにディアの有利にも感じるが・・・。


(まぁ、アナスタシアも強力な斬撃は使って無いのだろう)


「はあぁぁぁーーー‼︎」

「ほお?」

「・・・っ⁈アナスタシアッ⁈」


 咆哮を上げ気合いを入れるアナスタシアの細身の身体を覆う光。


「が・・・、があぁぁぁ‼︎」

「な・・・」


 徐々に其の光は前額部に集束していき、其処から現れたのは・・・。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・」

「・・・角?」


 颯と凪が賊攫われた夜。

 あの日見たアナスタシアの角が現れたのだった。


「アナスタシアッ」

「大丈夫です、司様」

「・・・っ」


 魔流脈の事もあり心配し呼び掛けた俺にも、アナスタシアは落ち着いた様子で応えて来た。


(フェルト曰く、アナスタシアの状態は既に全快と言って問題無いらしいが・・・)


「覚悟は良いですね、ディア?」

「ふふふ、そんなもの生やした程度で、妾との差が埋まると思ったか?」

「・・・試してみなさい」

「ふふふ、好きにせよ」


 ディアがそう口にしたのが開戦の合図となり、2人による模擬戦は半日に及んだのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

「・・・」

「ずっこい、いぬっころ‼︎」

「何とでも言いなさい」

「・・・」


 本日転がされたのはディアの方で、血縫いの槍に魔法も全開という全力での完敗だった。


(然も、アナスタシアは本気の斬撃を放ってはいないからなぁ・・・)


 その状況での全戦全敗にディアは幼児形態に戻り、頰を目一杯膨らませていた。


「ぶうぅぅぅ‼︎」

「早く起きなさい?明日もあるのですよ?」

「おにーーー‼︎」


 夕焼けの空にディアの遠吠えだけが、虚しく響いたのだった。

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