第334話
「おぎゃぁぁぁーーーんんん‼︎」
「はいはい、刃。大丈夫だから」
「すまないな、アンジュ」
「・・・良いのよ、司」
再びの旅に向けて俺はアンジュと刃の居る真田家隠れ家へと来ていた。
「うあああーーーんんんっ‼︎」
「ほら刃、せっかくパパが来てくれているのよ?」
「刃、パパだぞ〜?」
「ううう」
元気一杯子供の仕事を勤めている刃。
俺の腕の中に移動すると、少し落ち着きを取り戻してくれた様だった。
(有難いな、たまにしか顔を出せないのに)
俺は颯と凪の経験からひと時のものとは知りながらも、頰の奥にジワリとした熱を感じ、瞳から溢れ落ちそうなものを、奥歯を噛み締め、目頭に力を込める事で抑えた。
「どの位になりそうなの?」
「いや、それなんだけど・・・」
「どうかしたの?」
今回の用件は狐の獣人の本国への旅の件で、アンジュはその期間を聞いて来たが、実はそれに答える事は出来なかった。
「どうやら向こうが転移の護符を準備するらしくてな」
「じゃあ?」
「あぁ、即日到着って事だな」
「・・・」
何か言いたげに無言で此方を見ているアンジュ。
勿論、何を言いたいかは分かっていたのだが・・・。
(まぁ相手方もこんなに分かりやすい罠は仕掛けて来ないだろう)
「良いのかい、アンジュ?」
「シエンヌ」
「今回ばかりは流石にヤバめの匂いがするじゃないかい?」
「大丈夫よ?司だもの」
「アンタねぇ・・・」
物分かりが良過ぎるのも考えもの、シエンヌの顔にはそう書いてあった。
「ブラート」
「・・・何だ、頭?」
「アンタも付いて行きな」
「・・・」
「良いね?」
「ふっ、そうだな」
「チッ」
俺とアンジュを放置しておいて勝手に話を進めたシエンヌとブラート。
「でも、此処は・・・?」
「あん?アンタ、アタシやフォール、それに自分のダチも信じられないってのかい?」
「い、いえ・・・」
「ふっ」
ダチというのはアルメの事を言っているのだろう。
(確かに皆んなの事を信じる他無いのだが・・・)
此処は本来なら存在しない家だし、あまり国王に甘えるとサンクテュエール貴族からの目が気になった。
「すいませんが、お願いします」
「司・・・」
「ふんっ」
「安心しろ、司」
「ブラートさん・・・」
「頭はお前が思っているよりも出来るぞ?」
「アタシの事をどの程度だと思ってんだいっ?」
「い、いやぁ・・・」
「ふっ」
俺へと詰める様な視線を投げつけて来たシエンヌ。
確かに俺はこの人の実力は良く知らなかった。
(洞窟の一件の時はローズという人質有りで、最終的にはアナスタシアの有無を言わさない不意打ちで決着がついたしな)
魔法を使うタイプには見えないけど・・・?
「何だい、ジロジロと?」
「い、いえ、何でも有りません」
「ふんっ」
「ちょっと、シエンヌ?」
「何だい?」
「そんなに司をイジメないでよね?」
「そうかい?甘やかし過ぎだよ」
「ふっふっふっ」
「はぁ〜、アンタって娘は・・・」
「・・・」
アンジュとシエンヌの俺に対する子供の様な扱い方に、俺は貝の様に黙り込む事しか出来ないのだった。
「そういえば、ブラートさんは狐の獣人の本国について何か知ってますか?」
「いや、俺も初めてだから正直楽しみだ」
「楽しみですか?」
「ああ、変か?」
「いえ・・・」
楽しみというブラートの応えは、其の相貌からは不似合いな気もしたが、この人が旅を続けている事を考えるとその反応も理解出来た。
「分かるわ〜」
「アンジュ」
「私も行ってみたいもの」
「そうか?」
「ええ。お土産を所望するわ」
「あ、あぁ、出来たらな・・・」
「ふっふっふっ」
「しょうがない娘だねえ?」
「・・・」
アンジュの不敵な言葉に、俺はそんな余裕のある旅になる事を、心の中で願ったのだった。
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