第318話


(なぁ、スラーヴァ?)

〈うむ、何かな?〉

(お前は魂だけ飛ばされて来て、此処から抜け出そうとはしなかったのか?)


 2年もの間、自身の意思で来た訳では無い場所に留まり続けたスラーヴァ。

 俺は単純な疑問と、自身が此処から抜け出す手掛かりがないかと思い、スラーヴァに問い掛けたのだった。


〈ふむ・・・、難しい質問だな〉

(難しい・・・、かな?)


 俺はごくごく自然な疑問だと思ったが、スラーヴァの考え込む様な様子が伝わって来た。


〈ああ。・・・そうだったな〉

(・・・?)

〈いや、大前提を伝える事を忘れていたと思ってな〉

(大前提?)

〈ああ・・・。実は私は既に死んでいるのだ〉

(・・・え?)

〈私の魂が此処に飛ばされる以前、私はある闘いで命を落としたのだ〉

(・・・)


 自身は既に死んでいると言って来たスラーヴァ。

 その話が本当なら、スラーヴァは転生したという事だろうか?


〈いや、違うな〉

(・・・)

〈此の身体は私のものでは無いし、生まれ変わってもいない〉

(どうして、そう言い切れるんだ?)

〈はは、だっておかしいだろう?〉

(・・・?)

〈生まれ変わってすぐに、三十路は超えた男になっているなんて?〉

(なっ・・・、そうか)


 そういう話なら、確かに転生とは言い切れないだろう。


(なら、此処に来る以前は何処に居たんだ?)

〈うむ、彼処は名を伝えられる場所では無いな〉

(其れは・・・)

〈いや、其れを君に教えたく無いという訳では無く、何処とも言えない様な所を漂っていたのだ〉

(そうかぁ・・・)


 まぁ、死後の世界となれば其処の説明は出来ないかもしれない。

 俺はそう思い納得したのだった。


〈それと正直なところ、私は記憶の混濁が有るのだ〉

(記憶喪失みたいなものか?)

〈うむ・・・。自身の名は覚えていたのだが、過去の記憶を映像だけ思い出せても、其処に映る者や物の名が浮かんでこなかったり、一部だけ靄がかかっていたりな〉

(それは、此処に来てから?)

〈その様に感じる。以前はハッキリとしていたと思うのだ〉

(・・・)


 それは、何者かが意図的に此処にスラーヴァを飛ばして、その時に記憶に障害を与えたと考えられるが・・・。

 そうなると気になるのが・・・。


(スラーヴァは、生前はどんな事を生業にしていたんだ?)

〈う〜む・・・〉

(思い出せないのか?)

〈その様だな・・・〉

(そうか・・・)


 それはイマイチ信じられない。

 さっきスラーヴァは自身の事を闘いで命を落とした言っていたし、戦士なのは間違いないだろう。

 それでも思い出せないフリをするという事は、触れない方が良い話題なのだろう。

 俺は自身の置かれている状況が分からない為、スラーヴァに其れをツッコミ、万が一にも此方に危害を加えられる可能性が出て来る事を避けた。


(・・・ん?)

〈む・・・、此れは・・・〉


 スラーヴァに反応が有った事で、俺は此奴も自身と同じ光景を目にしている事を理解した。


(光・・・、か?)

〈うむ、その様だな〉

(こういう事って・・・?)

〈いや、記憶に無い〉


 視界はホワイトアウトしたままなのに、自身に迫って来た光を理解出来た事に、俺は少し戸惑った。


(本能かなぁ・・・)

〈だろうな〉

(・・・、っ⁈)


 俺の呟きに同調したスラーヴァに応えずにいると、迫って来た光に包み込まれていった。


〈ほお、その様な姿だったのか?〉

(な⁈・・・お前は)


 視界の先には光に照らされ、身長は俺より頭2つ分は高い、ガッシリとした体型の男の影が見えた。


〈顔迄は分からないが、随分と小柄だな〉

(悪かったな)

〈いや、私の今の宿主も同じ位さ〉

(窮屈だろう?)

〈はは、意外に快適で、魂に大きさは無いと理解出来たよ〉

(そうかい・・・)


 魂の大きさはともかく、此の状況は何を意味するのだろう?


「・・・ま」


(・・・ん?)


 微かに聞こえて来る、聞き慣れた声に俺は耳を澄ました。


「司様・・・」


(ルーナか・・・)


 ルーナの俺を呼ぶ声は、海の底で聞く様にくごもったものだが、確かに此方に届いていた。


〈ほお、知り合いか?〉

(あぁ、・・・仲間だ)

〈なるほど。・・・然し〉

(どうした?)

〈いや、不思議だな。その名も聞き覚えが有る〉

(・・・そうか)


 俺の名はともかく、ルーナは此方の世界では珍しい名でも無いだろう。


「司様ーーー‼︎」


(おぉ・・・)

〈はは、熱烈だな?〉

(・・・あぁ)

〈行くのか?〉

(当然っ‼︎)

〈はは、そうか。ではまたな・・・、は不吉か?〉

(あぁ、遠慮しておくよ)


 俺はそう応えてルーナの声へと向かって飛び発ったのだった。


「・・・ルー、ナ?」

「司様っ‼︎良かったぁ・・・」


 視界がホワイトアウトから闇に包まれ、俺は抱き慣れたルーナの感触を感じながら目覚めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る