第310話


「ふふ、久し振りだね?」

「何が・・・‼︎」

「あんらぁ、『アポーストル』じゃないかい」

「久し振りだねえ、ジェアン」

「な・・・?知り合いなのか⁈」

「どうしたんだい、そんなに怒って?」


 どうやら面識の有るらしいジェアンとアポーストルと呼ばれた違法露店の男。

 ジェアンは俺達の間の事情は知らないので、のんびりと俺へと問い掛けて来た。


「あぁ、以前に落とされたよ」

「あんらぁ、喧嘩はいかんよ?」

「ふふ、落としたというか、勝手に落ちたんじゃない?」

「なっ⁈お前がそもそも法に触れる事をしたんだろうっ‼︎」

「ええ〜、そうだったかなあ?」

「・・・っ‼︎」


 アポーストルのおちょくる様なおっとりとした口調に、俺は魔眼を開き、漆黒の闇の装衣を纏い臨戦態勢に入る。


「ふふ、喧嘩はいけないって言われたでしょ?」

「ふざけるなっ‼︎」

「ほら?そんな乱暴な言葉使っちゃ駄目だよ?」

「このぉ・・・」


 アポーストルの挑発に、ネックレスの剣へと手を添え、足の爪先に力を込め前傾姿勢になる。


(一瞬で終わらせてやる・・・)


 アポーストルは挑発をするわりには、俺との距離間は不用意なものだった。


(誘われてるかもしれない。でも、すぅ〜・・・)


 俺が思考の中で呼吸を整え、今にも男へと飛び掛かろうとすると・・・、突如影が掛かり。


「辞めな、司」

「な・・・」

「ふふ、ほら?」

「あんたもだよ、アポーストル?」

「ふふ、勿論」


 俺とアポーストルの間にジェアンが入って来て、激突を阻止しようとする。


「退け、ジェアン」

「退かんさね」

「・・・っ」

「駄目だよ、年長者の言う事は聞かないと?」

「おま・・・‼︎」

「アポーストルッ」

「ふふ、了解」

「・・・っ」


 聞き分けの良い人間を演じるアポーストルに、俺の怒りは増すばかりなのだが、ジェアンは俺を見据え動きを封じて来た。


「・・・」

「此処の長はあたしさ。従って貰うよ?」

「・・・っ」


 ジェアンは子供に言い聞かせる様な口調ながら、服従以外は求めていない、其の種のプレッシャーが伝わって来た。

 それに・・・。


(周囲から感じていた殺気は引いたが、今にも飛び掛かって来そうだな・・・)


 俺は周囲の気配の静寂に、逆に緊張を増したのだった。


「・・・ちっ」

「ふふ、下品だね」

「・・・っ」

「アポーストル」

「ふふ、分かってるよ」

「良い子だよ、司」

「・・・」


 当然納得は出来ないが、この場は我慢した方が良いだろう。

 俺は魔眼を閉じ、装衣を解除したのだった。


「まあ、僕も暫く此処に居るし、捕まえたければ令状を取って来てよ」

「・・・」

「ふふふ」

「アポーストル、あんたは悪い子だねえ?」

「ふふ、でも彼が表面上退いただけか確認しとかないと危険だしね?」

「あたしは言ったろ?」

「分かったよ」


 アポーストルから発された挑発にも、俺が無反応でいると、ジェアンのプレッシャーは俺からアポーストルへと移ったのだった。


(この2人がどの程度の関係か分からないしな・・・)


 2人のやり取りからは窺えないが、もしかしたら2人は仲間かもしれない。

 もし、そうならアポーストルを捕らえるどころか、俺がやられるかもしれない。


(今は様子を見た方が良いだろう)


「それで、アポーストルよ」

「ああ、久し振りだね、梵天丸」

「うむ、久しいな」

「・・・」


 梵天丸もアポーストルと顔見知りらしく、再会の挨拶をしていた。


「挨拶も良いのだが、アポーストル」

「何だい、梵天丸?」

「アポーストルは神龍を知っているという事だが?」

「ああ、其の事かい。確かに知っているよ」

「・・・っ⁈」


 梵天丸は、アポーストルが突如として現れた時に、此方に向かって言って来た、神龍を知っているという発言を聞き返していた。


「スヴュート以外のかな?」

「ああ」

「其れは?」

「ふふ、梵天丸が神龍を求めているなんて初耳だね?」

「いや、我では無い。司が知りたがっているのだ」

「へえ〜?」

「・・・」

「でも、彼は聞く気は無いみたいだけど?」

「先程の件も有るし、気恥ずかしいのだろう」

「ふふ、それで梵天丸が代わりに?」

「うむ。司は我の名付け親だからな」

「・・・っ」

「へえ〜、そうなのかい」

「うむ」


 梵天丸はどうやら俺に気を使ってくれているらしく、話を聞きにくい俺に代わって、アポーストルに神龍の情報を問い掛けてくれたのだった。


「まあ、良いけど」

「では・・・」

「でも、彼には既に其処に辿り着く為のアイテムは渡しているよ」

「な・・・」

「ふふ、ねえ、司?」

「そうなのか、司よ?」


 俺がアポーストルに貰った物といえばただ一つ。


「・・・あっ」

「そう、導きの石だよ」

「何故、俺にあれを渡した?」

「君に必要な物だからだよ?」

「ふざけるな」

「どうして?」

「俺とお前は、ディシプルで偶然出会ったんだ。もし、導きの石を渡す為に会ったなら、俺を陥れるつもりなのか?」

「なるほど、意外と冷静だね?」

「・・・」

「ふふ、ごめんよ。せっかく話をしてくれる気になったみたいだし、もう少し話そうよ?」

「何故、ディシプルに居た?」

「君と出会う為さ」

「罠と判断して良いんだな?」


 俺が再び緊張感を増すと、アポーストルはまるで悪意の無い様な困った表情を浮かべた。


(其の表情が余計に怪しいんだが・・・)


「本当だよ」

「どうだか?」

「・・・其れが僕らの宿命なのさ」

「・・・っ」

「ふふふ」

「・・・それで」

「何だい、司?」

「導きの石の示す先にはどの神龍が居るんだ」


 アポーストルが俺に本当の事を言うかは分からないし、何より其れも罠である可能性も捨てきれない。


(ただ、導きの石は本物らしいし、召喚者達の国にも何らかの情報も有るかもしれない)


 そう考えると、此処でアポーストルに騙されたとしても、悪い事ばかりで無いのは確かだった。


「雷の神龍グロームだよ」

「グロームが召喚者達の国に・・・」

「そう。常に上空を飛んでいるよ」


 召喚者達の国に居るという神龍は、ラプラス曰く7神龍最強という雷のグロームなのだった。

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