第305話
「おぎゃぁぁぁ‼︎」
「すまなかったな、アンジュ」
「出発前に言ってたでしょ?良いのよ」
「あぎゃぁぁぁんんん‼︎」
「ほら、この子も言ってるじゃない?」
「・・・」
此処はディシプルの真田家の隠れ家の寝室。
これぞ赤ちゃんの正しい姿と言うべき元気な男の子が、アンジュの腕の中で甲高い声で泣いていた。
アンジュは俺の任務中に、見事に出産を終えてくれていたのだった。
「ほらほら、どうしたの?お腹空いたの?」
「やあぁぁぁんんんーーー‼︎」
「ははは」
「もお、笑ってないでよ司」
「良いじゃないか、元気な証拠だよ」
「おぎゃぁぁぁ‼︎」
「そうよね・・・。『
「ぎやぁぁぁーーーんんん‼︎」
アンジュの願望を込めた声に、刃と名付けられた俺とアンジュの子は、一際大きな泣き声で応えたのだった。
その後、ディシプルの隠れ家を後にした俺は、学院のザックシール研究室へと向かっていた。
「・・・」
俺を悩ましい気持ちにするのは、王都でデュックから仕入れたアッテンテーター戦に向けての準備の話。
(フェルトに言えないのは当然としても、もし開戦したらフェルトは国に帰るのだろうか・・・)
もしそうなればルーナの事も有るし、アナスタシアだって今後容態が安定し続けるかは分からない。
「・・・」
少し重い気持ちになりながらも、学院の廊下を行き研究室のドアの前に辿り着き・・・。
「あれ?」
ドアをノックしたのだが、応答が無い・・・。
(フェルトは単位に問題無いから、もう殆ど授業には出て無い筈だし、もしフェルトが授業に行っていてもルーナが留守番をしてる筈だが・・・?)
俺がそんな風に思いながらも、ドアノブに手を掛け回すと・・・。
「・・・ん?」
ドアノブには施錠の抵抗は無く、ドアを開ける事が出来た。
「・・・ぁ」
僅かに覗く隙間から見えたのは深緑の毛先。
(フェルト・・・)
床に正座したフェルトはルーナの膝を枕にして突っ伏し、器用だが、かなり苦しそうな体勢で寝ている様だった。
(ルーナも停止中か・・・)
ルーナは椅子に座り、其の機能を停止している様だ。
(出会った頃ならまだしも、今他の人間に魔力供給を受けたと聞いたら冷静で居られる自信が無いからなぁ・・・)
それはきっとルーナも同じで、今は俺以外の人間から魔力供給を受ける事など考えられないだろう。
「ん・・・、んん」
「・・・お、フェ・・・」
寝息の調子の変わったフェルトに、俺は起きたのかと思い声を掛け様とすると・・・。
「すぅ〜・・・」
「・・・ぁぁ」
再び健やかな寝息に戻ったフェルトに、俺は掛けようとした言葉を飲み込んだ。
「ぅぅ・・・、ん」
「・・・ぅ」
寝息と共に、フェルトの大人びた対照的に可愛らしく鼻が動き、俺は其のギャップにドキッとし、息と生唾を同時に飲み込んでしまい、一瞬喉が詰まってしまった。
「すぅすぅ・・・」
「・・・」
(仕方ない、出直すか・・・)
ルーナも早めに起こしてあげたかったが、フェルトの様子に声を掛け起こす事は出来なかった。
俺が静かにドアノブを引き、閉めようとすると・・・。
「んんん・・・」
「・・・ん?」
「マ・・・」
音は消したつもりだったが、フェルトが起き待てと声を掛けて来たか?
そう思った俺の耳に聞こえて来たのは・・・。
「マ、ママ・・・」
「・・・っ⁈」
フェルトから発されたのは意外過ぎる単語で、俺は一瞬ドアノブを持つ手に力を入れてしまい、金属の軋む音が弾けてしまった。
「・・・」
「すぅ・・・」
「・・・」
俺は強張った身体を首だけ動かしフェルトを見たが、フェルトは音に気付き目覚める事は無かった。
(・・・おやすみ、フェルト)
俺は何故か心の中でそんな事を呟き、研究室を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます