第300話


「ご苦労だったな、司よ。儂も鼻が高いぞ?」

「ははあ〜」


 俺は転移の護符を使いサンクテュエール王都へと戻り、国王へ任務内容の報告を行っていた。


「それで『リヴァル』殿の事だが」

「え、え〜と?」

「おお、そうであったな。ディシプル王の名だ」

「あっ、そうでしたか」


 俺がランコントルの飛龍の巣で捕らえたディシプル国王。

 今は王都の監獄に入っているのだが、其の名はリヴァルという様だった。


「暫くは監獄で過ごして貰うにしても、いつまでもそのままではな?」

「はい・・・」

「とにかく儂もヴィエーラ教関係者等から、術者の特定を進めるつもりだが」

「フォール将軍には?」

「既に連絡はし、此方に向けて出発したとの事だ」

「そうですかぁ・・・」


 ヴィエーラ教関係者はルグーンの件で、捜査が完全に終わっているのだ。

 その為、新たな情報が得られる可能性は無い、それが国王の様子を見れば理解出来た。


(他の手が無い訳では無い・・・)


 俺は自身のアイテムポーチに手で触れ、その中に有る大魔導辞典の事を考えた。


(あれに新しい魔法を記せば或いは・・・)


 ただ、魔法毎の負担は俺の想像とは若干のズレがある為、状態異常を治すという単純に感じる魔法が、どの程度の負担を伴うかは想像出来なかった。


(それに、確実に治るとは言え無いしなぁ・・・)


 フォールから聞いた話では、ディシプル王は神龍の情報を持っているらしいので、是非とも正気に戻って欲しいのだが・・・。


(一応、魔法の準備はしておくか・・・)


 俺はフォールの到着を待つ為に、国王が準備してくれた宿屋へ向かうのだった。


「う〜ん・・・、こんな感じかなぁ?」


 宿屋のベッドの上で、大魔導辞典に新しい魔法を記し、俺は独り唸っていた。


(試す事が出来ないというのがなぁ・・・)


 俺は今回、此の魔法を使用しないといけない状況になれば、ぶっつけ本番となる事に抵抗があった。


(所謂、純粋な回復魔法みたいな魔法を使った事が無いからなぉ・・・)


「ふぅ〜・・・、寝るか・・・」


 今から思い悩んで居ても仕方ないので、俺は疲れを癒す為、ベッドの布団の中に沈んで行ったのだった。


「久し振りじゃな」

「はい・・・」

「今日は?」

「いえ、アンジュの方も順調なので、其れをお伝えに・・・」

「そうかあ・・・」


 此処は宮廷魔導団の執務室。

 テーブル越しに向かい合っているのは、アンジュの祖父であるエヴェックだった。


「グリモワールよ」

「ん?どうかしたかの?」

「はあ・・・」


 エヴェックが仕方なさそうに視線を送り溜息を吐いた相手。

 其れは、俺の頼みを聞きエヴェックへと取り次いでくれた、此の部屋の主であるグリモワールだった。


「まあ、良いではないか。儂とお主の仲であろう?」

「どんな仲じゃ」

「申し訳ありません、エヴェック様。グリモワール様にお願いしたのは私なのです」

「・・・」

「本当じゃぞ?儂は必要無いと言ったじゃがな」

「・・・」


 全くフォローをする気は無いらしいグリモワール。

 確かに言っている事は本当なのだが・・・。


(まぁ、エヴェックに取り次いでくれただけで、感謝すべきだしなぁ・・・)


「律儀な奴じゃろ?」

「・・・別に」

「何じゃ?」

「別に、儂とて真田殿の人間性に問題を感じている訳では無い」

「じゃろ?」

「・・・いえ」

「気にする必要無いんじゃ。そもそも、お主程のチカラが有れば、将来的には其の血を残す為に、何らかの特例措置は有った事は間違いないんじゃ」

「其れはぁ・・・」


 グリモワールは俺の力を評価してくれているようだが・・・。


(だからと言ってローズと俺の結婚の経緯を考えると、俺の血云々はなぁ・・・)


 其の事については、彼特有のものなのだと俺は判断するのだった。


「とにかく、儂のあの判断は生まれて来る子の為のものだ」

「はい。本当にありがとうございました」

「う、うむ・・・」

「じゃろうな・・・、ほっほっ」

「グ、グリモワールよっ」

「???」


 何やら面白そうにしているグリモワールに、エヴェックは少し慌てた様子を見せた。


「良い機会では無いか?」

「何がじゃ?」

「おいっ」

「はっ」


 グリモワールは宮廷魔導士を呼び寄せ、何やら指示を耳打ちしていた。

 グリモワールから指示を出された宮廷魔導士は、部屋の出て直ぐに装飾の施された木箱を持ち帰って来た。


「そ、其れは・・・」

「ほっほっほっ、司よ」

「はい?」


 俺へと其の箱を差し出して来たグリモワール。


(エヴェックはえらく狼狽えてるが・・・?)


 俺はエヴェックの様子に、若干ビクつきながらグリモワールから箱を受け取るのだった。


「開けて良いんじゃろ?」

「な、何がじゃっ?」

「ふぅ〜・・・、仕方のない奴じゃな」

「???」

「司よ」

「は、はい」

「開けてみよ?」

「は、はぁ・・・」


 グリモワールの言葉に、恐る恐る箱の蓋を開けると、其処には・・・。


「あれ?子供服に、玩具?」

「うむ」


 エヴェックの様子に何が出て来るか恐れていた俺だったが、中身は赤ちゃん様と思われる男女の服と、赤ちゃんに少し早いだろう、子供様の玩具だった。


「此れは・・・?」

「出産祝いじゃ」

「出産祝いですか?え〜と・・・」

「アンジュがもうすぐ出産であろう?」

「は、はいっ」


 どうやら、箱の中身はアンジュへの気の早い出産祝いらしかった。


「グリモワール様からですか?」

「違うぞ。儂はちゃんと子の性が分かってから用意してやる」

「ありがとうございます。では・・・」

「ごほんっ。エヴェックよ?」

「・・・ううう」

「本当にお主は昔から気が弱いのお?」

「お、お主と違い繊細なのじゃっ」

「ふんっ、良く言うわ」


 学生がする様な口喧嘩を始めたグリモワールとエヴェック。


「・・・」


 俺はどうする事も出来ず、黙って成り行きを見守るのだった。


「もう、良かろう?」

「・・・な、何がじゃ?」

「このままでは、曽孫の顔を見る機会を逸するぞ?」

「ぐっ・・・」

「もしかして、此れは?」

「うむ、エヴェックからの物じゃ」

「・・・ううう」


 グリモワールの言葉に、一瞬俺へと視線を向けたが、直ぐに視線を足下へと落とし頭を抱えたエヴェック。


「・・・」

「エヴェック様・・・」

「ううう・・・」

「はあ〜・・・、本当に・・・」


 其の様子を本当に仕方なさそうに見ているグリモワール。

 だが、その視線は決して嫌悪感を含むものでは無く、古くからの友人を思う慈悲深いものだった。


「エヴェック様、ありがとうございます」

「・・・」

「アンジュも喜ぶと思います」

「・・・」

「良ければ・・・」

「・・・何じゃ」

「良ければで良いのですが、アンジュに手紙でも書いて頂ければ・・・」

「・・・」

「お願いします」


 頭を抱えているエヴェックへと、俺が深く頭を下げ願うと・・・。


「・・・あのじゃじゃ馬娘が、返事を寄越すとは思えんがな」

「いえ、きっと書きますよ」

「・・・」

「優しい娘ですから、アンジュは・・・」

「・・・そうじゃの」

「お願いします」

「分かった・・・」


 エヴェックは短く、そしてハッキリとした声で応えてくれたのだった。

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