第289話


「では、すいませんがお願いします」

「うむ、任せたまえ」

「ふんっ」

「気を付けてね、司」


 俺はいよいよ出発の朝を迎え、アンジュの住処でフォール、シエンヌ、アルメにアンジュと子供の事を頼んでいた。


「ブラートさんは?」

「あん?アイツは数日前から何処かに出て行ったきりだよ」

「そうですかぁ・・・」


 ブラートは俺が任務で空ける事を知っていたのに、何処かに出掛けた様だった。


「アンタ?」

「は、はい?」

「アタシ達だけじゃ、不安ってのかい?」

「そ、そんな事有りませんよっ」

「・・・ふんっ」

「・・・」


 どうやらシエンヌは、俺が少し寂しげな態度をとった事が、自身への不満に映ったらしく、不機嫌そうにツンと高めの鼻を横に向けたのだった。


「シエンヌ、司に悪気は無いのよ?」

「アンジュ、アンタも物分かりの良い態度ばかりじゃ、此の小僧が付け上がるよ?」

「ふっふっふっ、大丈夫よ。私はちゃんと操縦しきるから」

「そうかい?」

「・・・」


 何だか最初アンジュはフォローをしてくれていた様に感じたが、最後には若干不穏な発言をしていたのだった。


「じゃあ、行くな、アンジュ?」

「ええ、気を付けてね、司」


 こうして、俺はディシプルから飛び発ったのだった。


 ランコントルの王都はサンクテュエール王都から西に、3時間程飛んだ先に有った。


「ふぅ〜・・・」


 俺は関所の衛兵が通してくれた、宿屋のベッドに腰を下ろし、長時間飛行の疲れから深く息を吐いた。


(既に暗くなってたから、正確には分からなかったが、飛龍の巣ってのはあの森の事だろうな)


 俺は飛行魔法での移動中、ランコントルの王都の先に、かなり広大な森が見えたのを思い返していた。

 あの広さだと飛龍の数はかなりのものと考えて良いだろう・・・。


「海龍と同等と考えても、意味は無いしなぁ・・・」


 俺は以前の海龍との戦闘を思い返してみたが、海龍達は空中に対する有効な攻撃手段を持っていない為、俺からの一方的な虐殺といった感じだった。


「終焉への蒼き血潮は規模の関係上、使用は控えた方が良いだろうし・・・」


 海龍達を一方的に屠った極大魔法は、飛龍の巣を壊滅させそうなので、その使用は不可能だろうと想像した。


「まぁ、独りで言ってても仕方ないしなぁ・・・」


 最近は珍しくなった独りの夜に、そんな事を呟きながら、寂しさを感じさせる豪華なベッドに沈んで行ったのだった。


 翌朝、宿屋へと迎えに来た衛兵に連れられ、俺はランコントルの城へとやって来た。

 城はサンクテュエールとは比べる迄もなく、ディシプルの物と比べても、一回り小さい物だった。


(言ってディシプルは他大陸からの物資が届く中継地点だし、小国とはいえそれなりに財政は安定してるらしいしなぁ)


「おお、良く来てくれた、リアタフテ殿」

「ははあ〜」

「儂は此のランコントルの王『ソメイユ』じゃ」

「私は司=リアタフテでございます」


 ソメイユ、そう名乗ったランコントル王は、歳は70は過ぎているだろう。

 その無数の皺を刻んだ顔に、髪は勿論、髭や眉毛も白く染まっていた。


(うん、歳だからだろうか、瞼も開いているか、閉じているか判断が付かないな)


 ただ、その相貌からは温厚な人柄を感じさせ、接しやすそうな人だった。


「うむ、ロワ殿から其方の武勇は良く聞いておる」

「ありがとうございます」

「うむうむ。早速で悪いが、今回の件の説明を始めさせて良いかな?」

「はい、お願いします」

「うむ。『エフェリド』」

「はっ。それでは始めさせて頂きます」


 エフェリド、そう呼ばれたのは甲冑を纏った、おっとりしているが芯の強そうな瞳と、その下にそばかすの広がった若い男だった。

 エフェリドは先ずは自身がランコントル軍の士官であり、飛龍の件を担当している事を告げて来て、事件の説明を始めたのだった。

 エフェリド曰く、飛龍の異変が最初に確認されたのは去年の秋頃。

 通常、飛龍達は巣では群を成すが、巣から飛び発つと単体で行動する種族らしい。

 然し、去年の秋頃長年の研究上初、飛龍達が群を成し巣から飛び発ち、再び巣へと帰還する姿が確認されたらしい。


「偶々という事は・・・?」

「ええ、最初は凶兆か、其れとも吉兆かと騒がれていたのですが・・・。それ以降、其の様子が通常になってしまったのです」

「そうですかぁ・・・」

「飛龍一匹なら我が軍も対応が出来るのですが・・・」


 悔しそうな表情を浮かべるエフェリド。

 彼は軍人なのだし、本当なら他国人の俺に自国の危機を救って貰うなど、最大の屈辱なのだろう。


「家畜を襲うケースは勿論?」

「ええ、今回が初めてです。本来、飛龍達は木の実や果実を食う種族ですので」

「そうですか」


 実は此れは分かっていた事だった。

 というのも、今回の件をアンジュに伝えに行った時、ブラートが教えてくれたのだった。


(正確には雑食らしいが、其の巨体の割に必要な食料は少ないらしく、安定して食える木の実や果実のみを食べ生活しているらしい)


「領内で襲われるとしても、行商隊位のものだったのですが・・・」

「積荷狙いですか?」

「ええ・・・」

「巣の食料の状況は?」

「学者達曰く、飛龍達が生活するには問題無いと・・・」

「そうですか」


 そういう事なら、確かに異変と呼べるのだろう。

 その後、エフェリドから飛龍の巣の場所を確認すると、俺の予想通りランコントルに降りる前に見えた森だったらしく、俺は明日からの調査開始を国王に告げ、城から出たのだった。

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