第236話


「う〜う〜」

「・・・頼むぞ、凪」

「あ〜あっ、うっ」

「良い子だなぁ、凪は」

「きゃっきゃっ」


 俺の願いを聞き入れたかの様に、抱っこ紐の中、大人しく此方を見上げている凪。

 本日の目的地が何処かと言うと・・・。


「凪様、大人気でしたね」

「ルーナ」

「生徒の皆さんに囲まれてましたし」

「ローズの娘だからなぁ」


 俺とルーナは凪を連れ、学院へと顔を出していたのだが、 母であるローズが、休学前は男女問わず学院一の人気者と言って良かった為、その娘である凪の来校に学院の生徒達は歓喜の声を上げていた。


「司様の娘さんなのですから、恐れられても可笑しく無いのですが」

「ぐっ‼︎」

「きゃっきゃっ」

「ふふふ」

「・・・」


 ルーナからのツッコミに苦い表情を浮かべた俺。

 その様子に凪とルーナは面白そうに、笑い声を上げたのだった。


「マスター」

「あら、ルーナとつか・・・」

「ん?何だ・・・?」

「ふ・・・」

「ふ?」

「ふふ、ふふふ」

「・・・」


 ザックシール研究室へと着いた俺達一行。

 出迎えたフェルトは、俺の胸元の抱っこ紐を見て、腹を押さえながら笑っていた。


「何、それは?」

「見れば分かるだろ?娘だよ」

「ふふ、それはそうでしょうけど。どうしたの、リアタフテに実家に帰られたのかしら?」

「・・・」


(残念だが、俺はローズの実家に居候しているんだよ)


「マスター。司様はローズ様の実家で暮らしていますよ」

「ルーナ・・・。ふ、ふふ、ふふふ」

「ふふふ」

「きゃっきゃっ」

「・・・はぁ〜」


 ルーナによる狙ったツッコミに、室内に居る俺以外の者が、皆一様に笑い出した事にドッと疲れを感じ、俺は短く溜息を吐いた。


「・・・」

「ふふ、ごめんなさい」

「良いさ、別に・・・」

「ふふ、不貞腐れないの」


 俺は本当に怒りは無かったが、屋敷ではローズと颯が待って居る為、何時迄も弄られていても仕方がない。

 本日の本題に入る事にした。


「それより、転移の護符だが・・・」

「そうねえ、量産体制の構築には時間が掛かるわね」

「そうかぁ・・・」

「私も意外と忙しいのよ」


 そう言って肩を竦めたフェルトだったが、意外どころか当然の事だった。


(元々行っていた日々のルーナの整備に、最近ではアナスタシアの人工魔流脈の検診迄行っているからなぁ)


 ただ、転移の護符の量産は、俺の神龍探しには最重要課題と言って良かった。


(凪の件も有るし、ローズに旅に出ると宣言するのは、流石に気が引けるからなぁ・・・)


 徐々に移動と帰宅を繰り返す為には、転移の護符の数が必要だった。


「転移の護符って、船内とかにも使えるのか?」

「・・・無理ね」

「そうなのか・・・、ってその間は?」

「勿論、基本的には無理よ。ただ、限定的にだけれど、船其の物に特殊な改造を施せば、不可能では無いのかしら?」

「う〜ん・・・?」

「ふふ」


 フェルトの言葉は語尾に疑問符を感じるもので、どの程度の危険度か分からず、其れを進めて良いのか自身も疑問が残った。


(ただ、とりあえずは船を手に入れる必要が有るのだし、もう一度ディシプルに行く必要は有るな)


「どうするの?」

「あぁ。船を手に入れてもう一度相談に来るよ」

「当ては有るのかしら?」

「今回の報酬も貰えるらしいし、王都に行ってと時にちょっとな」

「ふふ、そうなの」


 今回の件とドラゴンの魔石の件の報酬を纏めて貰えるらしいので、金の心配は無いだろう?


「なら、期待して待っているわ」

「あぁ、その時は頼むよ」

「ふふふ」


 本当に楽しそうな様子のフェルト。

 その後、今日は研究室に泊まるというルーナを残し、俺は凪を連れ、研究室を後にするのだった。

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