第235話


「うむ・・・」

「どうでしょうか、グリモワール様?」

「・・・」

「・・・」

「理論的には不可能では無い・・・」

「そうですか」

「が・・・」

「え?」

「実践的には、どの様にして達したのか分からん」

「・・・っ」


 不慮の事故防止の為に、魔封の腕輪を装着した凪。

 然し、凪は魔封の腕輪を粉々に壊して見せた為、俺はグリモワールに相談をしていたのだった。


「じゃが、本当にとんでもない親子じゃのう」

「い、いやぁ・・・」

「此の力将来は、王都の宮廷魔導団で親子共々活かして欲しいものじゃのう」

「・・・」

「ほほほ」


 面白そうに笑うグリモワールだったが、凪は分からないが、俺はそもそも宮廷魔導団に入団していないのだが・・・。


「他に何か良い手段は無いでしょうか?」

「ふむ、そうじゃなあ〜・・・」

「もし、自我に目覚める前に事故でも起こしたら大変ですし・・・」

「う〜ん・・・」


 検診時に凪が使った魔法は森羅慟哭だった為、最悪の事態にはならなかった。

 然し、これがもし静寂に潜む死神よりの誘いだとしたら・・・。


(相手は何も分からぬ内に、其の首を落とされる事だろう)


「とりあえずは、起きている間に魔法を使用しやすい環境を整える事じゃ」

「え⁈使用しやすいですか?」

「そうじゃ。防げぬ以上は、魔法を使用する事で魔力不足の状態を作ってやるのじゃ」

「はぁ・・・」

「然すれば、疲労状態が続き、己の欲求に純粋な赤子なら、睡眠に入るじゃろう」

「負担になったりは・・・?」

「せん。ただ、かなりの魔力量を持っているからのう。苦労するじゃろう」

「・・・はい」


 それは、構わないと思った。


(我が子の事だからなぁ・・・。責任を持って取り組まなければ)


「ほほほ、大変じゃのう?父親は」

「いえ。ありがとうございました、グリモワール様」

「なに、良い良い」


 俺はグリモワールに礼を言い、ローズの部屋へと向かった。


「そう・・・」

「早速、明日から開始しようと思う」

「どうするの?」

「とりあえず、朝起きたら凪を連れて神木に通う事にするよ」


 ローズにグリモワールからの助言を伝え、明日以降の予定を伝えていた。


「・・・大丈夫かしら」

「大丈夫だ、ローズ」

「司・・・」


 子供達の検診以降見せる、ローズの似つかわしく無い、沈み込み様に足下を見つめる弱気な表情。

 俺は其の整った形の頭を自身の胸へと沈め、其の背へと腕を回し、華奢な身体を包み込んだ。


「・・・っ」

「大丈夫だから、ローズ」

「・・・そうよね。私達がしっかりしなきゃね」

「あぁ・・・」

「分かったわ。ありがと・・・、んっ」

「んん・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・司」


 しっかりしなきゃ・・・。

 そう口にしたローズの唇に自身の其れを重ねると、微かな震えていたのだった。


「う〜〜〜、うっ」

「ん?そんな事してると苦しくなるぞ?」


 翌朝。

 早朝の寒さが引くと共に、俺は凪を連れて神木へと翔けていた。


「う〜う〜〜、う〜ううう」

「・・・此処で魔法は使っちゃダメだぞ?」

「う?」


 魔封の腕輪を壊した時の様に、ノリノリで何やら口ずさんでいる凪。

 俺が恐怖を感じ、其れを辞める様告げてみると、凪は理解をしたのかしてないのか、抱っこ紐から俺を上目遣いで見つめて来た。


「うっ・・・」

「う?・・・う?」

「い、いやぁ・・・、まだ此処では危ないからなぁ」

「う〜?」

「は、はは・・・」

「あ〜あっ・・・、う?」

「・・・」


 我が子の持つ瞳の破壊力に、絶句してしまった俺。


(此の子はきっと、将来魔性の女となる事だろう・・・)


「ふぅ〜、着いたな」

「うっ?」

「あぁ、凪。此処なら幾らでも魔法を使って良いんだぞ?」

「う〜・・・」

「使いたく無いのか?魔法?」

「ううう?」

「そう、魔法」

「え〜・・・」

「・・・」


 否定の様な言葉を漏らした凪。

 ただ、勿論其れに意味は無いだろうし、声自体には嫌がる様子は感じられなかった。


「う〜う〜う〜」

「・・・ん〜、どうするかなぁ」

「あ〜あっ、う〜?」

「ん?凪、どうしたい?」

「うう?」

「ん〜・・・」


(俺が魔法を使ってみせて、誘導するべきかなぁ?)


「凪?」

「う?」

「パパがお手本を見せるから、見てて」

「あ〜あっ?」

「そう、パパがね」

「うっ」

「良し、行くぞっ」

「ううう〜〜〜」


 そう言って凪を下ろし、構えて見せた俺の背に、愛しの我が子から応援の声が飛んで来た。


「狩人達の狂想曲ッ‼︎」

「・・・」

「駆けろ‼︎」

「・・・」


 足下に詠唱した5つの魔方陣から、闇の狼達を生み出し、大地を駆けさせてみせた。


「どうだ、凪?」

「・・・」

「ん?」


 俺を見上げつつも、無反応で固まってしまった凪。

 だが、其れも一瞬・・・。


「どうし・・・」

「うううぅぅぅーーー‼︎」

「っ⁈」

「あ〜あっ‼︎」

「お、おぉ・・・?」

「あ〜あっ、うう〜、ううう、うう〜う、うううーーー‼︎」

「え、え〜と、とりあえず、褒めてくれてるのか?」

「うっ‼︎」

「そうかぁ、ありがとう、凪」

「うっ」


 どうやら、甚く気にいった様子で興奮している凪。

 手足をばたつかせ地面を叩いていた。


「どうだ、凪もやってみるか?」

「あ〜あっ、うう?」

「あぁ、勿論。此処なら幾らでも魔法を使って良いんだぞ?」

「う〜・・・」

「・・・」

「・・・、あいっ・・・、あいっあいっ‼︎」

「おぉぉぉ‼︎」


 凪が両眼の魔眼を開き、其の勢いのまま、自身の周囲に5つの魔方陣を詠唱し、闇の狼達を生み出した。


「凄いぞ、凪」

「う〜、あ〜あっ」

「ん?抱っこか?」

「うっ」

「はいはい・・・、おぉう」


 凪は俺が抱き上げてやると、自身の頭を俺の胸へと打ち付けて来た。


「痛い、痛い」

「あ〜あっ、う〜う」

「撫で撫でかなぁ」

「う〜〜〜・・・」


 頭を撫でてやると、打ち付けを辞め、小さな掌を空へと、精一杯大きく伸ばし、其れを振り下ろし・・・。


「うっ‼︎」


 短く息を吐くと、凪の生み出した闇の狼達は闘犬の様に互いに襲い掛かった。


「おおぉぉぉ」

「ううう」

「・・・」

「うーーー」


 狼達を自在に操り闘わせる凪。

 其の表情は真剣其のもので、颯を含め同じ時期の赤ん坊のものとは、一線を画していた。


「うーーー・・・、うっ‼︎」

「・・・っ⁈」

「・・・」


 互いに襲い合い、倒れていった闇の狼達。

 やがて、最後の2頭が残り、一方がもう一方の喉元に喰らい付き、宙へと振り上げ、地面へと叩き付けると、狼は漆黒の霧になり霧散していった。


「凪・・・、お前」

「・・・きゃっ」

「え?」

「きゃっきゃっきゃっ」

「・・・っ⁈」


 凪は、一見すると何処か物悲し気な其の様子を、満面の笑みで、嬉しそうに高い笑い声を上げ眺めていたのだった。

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