第220話


 フォールとの再会後、サンクテュエール国王に連絡を取った夜から丁度1週間後の夕刻。

 俺はマランの船団の内の一隻の船の甲板の上で、作戦開始を待っていた。


「真田様、準備はよろしいですか?」

「はい。私の方はいつでも行けますよ」

「本当に我々は、船を出すだけで良いのでしょうか?」

「えぇ、任せて下さい」

「分かりました」


 既に俺の素性は明かしていた為、マランの部下の年配の男性は、丁寧な口調で俺へと作戦の確認をして来た。


「それでは、持ち場に就かせて頂きます」

「はい。よろしいお願いします」

「司様っ」

「フレーシュ、どうかしたのか?」


 移動して行く男性と入れ違いにやって来たフレーシュ。

 今回の作戦、彼女の最初の持ち場はマランの船だった。


「いえ、作戦開始前に一目でもお会い出来ればと・・・」

「・・・そうか。アンジュはどうした?」

「あの娘は、船で準備をしています」

「そ、そうかぁ・・・」

「どうかしましたか?」

「いいや、何でもないっ」

「・・・そうですか?」

「それより、こっちに来てて大丈夫なのか?」


 訝しげな表情で此方を見て来るフレーシュに、話を逸らす様に問い掛けた。


「ええ、本番は完全に陽が沈んでからですから」

「街の人達への連絡は?」

「船迄の避難経路の確認と共に、昨日迄に済ませています」

「そうかぁ・・・」

「司様は?」

「あぁ、俺の方も船と街に罠は仕掛け終えてるよ」

「お疲れ様でした。体調は大丈夫ですか?」

「あぁ、昼寝したからな」


 相手方に狐の獣人が居る事も考え、魔法による罠の設置は昨日の深夜から今日の早朝の間、相手方の見廻りが終わってから手早く済ませたのだった。

 今回の作戦は先ずは、街の領民を船で海上へと避難させる。

 勿論、此れは軍艦での追撃も有る為、其れ等を俺の魔法による罠で撃破する。

 其の間、フォール率いる反乱軍は、関所周辺を堅める防衛軍へと奇襲を仕掛ける。

 此処の戦力差は圧倒的に相手方の優勢だったが、既に国王に与えられた通信石により、サンクテュエール軍1万は、モンターニュ山脈を昨晩の内にほぼ越えて来ている。


(其れも有って、ディシプル城周辺や軍艦周りは騒がしかったが・・・)


 ただ、関所周辺の兵力を、殆ど増強してないのが気になるところだが・・・。

 相手方の兵力の中心は、城周辺に集中している状況だった。


「軍艦を沈めたら次は?」

「あぁ、街に移動して、城から関所方面に向かう敵兵力を、街の罠と側面からの魔法で削る」

「大丈夫ですか?」

「其の為の魔力回復薬だからな」


(其れに、味方と合流する迄は雨と霧のコンボも使えるし・・・)


 そんな事を考える俺を、心配そうに覗き込んで来たフレーシュ。


「いえ、そうではなく・・・」

「安心しろ」

「司様・・・」

「危険と判断すれば空に逃げるさ」

「・・・そうですね」

「・・・」

「・・・」

「そろそろ、戻らなくて良いのか?」

「はい。・・・」


 俺を覗き込む姿勢のまま、見上げて来るフレーシュ。

 2人の間には、波音だけが静かに流れていた。


「・・・」

「・・・、つか・・・、んっ」

「んん・・・、ん」


 波による船の揺れに身を任せる様に、スッと自身の唇をフレーシュの其れに押し付ける。

 ただ、互いに自身の為すべき事は理解している為、引く波の様に互いの唇を離した。


「・・・司様。ありがとうございます」

「フレーシュ。無理はするなよ」

「はいっ、司様も」

「あぁ」


 フレーシュは其のまま、間を置かずに俺に背を向け、自身の持ち場へと向かった。


 そして、黄金の太陽は沈み、白銀の月が姿を現し、作戦開始の合図を告げたのだった。

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