第219話
「司っ」
「ん?あぁ、アンジュか・・・」
「アンジュか・・・、じゃないわよっ」
「はぁ〜、あんまり騒ぐなよ」
「何でよ?」
「何処に監視が居るか、分からないからだ」
「むう〜」
翌日、俺は戦場になる可能性も考えて、街の地形を視察に来ていた。
作戦開始と共に、街の住民はマランの船団に逃げ込み、洋上へと一時避難する事が決まっている為、ある程度は街への被害は許容出来るのだった。
(作戦開始に合わせて、執行人による紅蓮の裁きを設置しておくのもアリだな)
「・・・司」
「何だ?」
「何か悪い事考えてるんじゃない?」
「どうしてだ?」
「表情よ。何か企んでる表情をしてたわ」
「・・・さてな」
「むう〜・・・」
質問を俺から流され、面白くない表情で頰を膨らませたアンジュ。
俺は構わず地形の観察を続けるのだった。
「ねえ〜」
「駄目だぞ」
「・・・」
「・・・」
「何よっ、まだ何も言ってないでしょっ」
「まだ・・・、な」
「むう〜・・・。私が協力してあげようと思ったのに」
「その話なら、断っただろ?」
今回の作戦が決まってすぐ、アンジュから自身の作戦参加の意思を伝えられた俺。
当然、その場ですぐに却下したが、アンジュは諦めがついていないらしかった。
「良いじゃない別に、ケチッ」
「ケチで良いよ。アンジュは大事な人質だからな」
「大事迄は良いけど、人質はねえ〜」
「はぁ〜、仕方ないだろ?」
「むう〜」
「そもそも、どうやって戦うんだよ?」
「勿論、司が守ってよ」
「・・・」
「な、何よっ?」
「いや、何でも・・・」
アンジュをあしらいながら街を通り抜けて行った先。
街から少し離れた位置に、ヴィエーラ教の教会が建っていた。
「ねえ、司?」
「ん?どうした?」
「ちょっと、寄っていかない?」
「・・・まぁ、構わないが」
「ありがと」
短く礼を口にし、アンジュは入り口の大きな扉に手を掛けた。
「ヨイショッ」
見た目には美しい扉に見えたが、アンジュが其れを開くと、古びた扉の様に軋む音が響くのだった。
「誰も居ないみたいだな?」
「そうね・・・、コホンッ」
教会の中は無人で、少し埃っぽいか、アンジュは少し咳き込んでいた。
「誰も掃除してないのかしら?」
「その様だな・・・。というか最近使用された形跡が無いな」
「・・・みたいね」
現状、此の国の領民は、教会で祈りを捧げる余裕も無いのだろう。
久しく意味を成して無いであろう空間は、空虚な空気に包まれていたのだった。
「情け無いわね」
「そうか?」
「・・・」
とても勤勉な信者には見えないアンジュの、意外な反応に俺は不思議な感じがした。
「司は神様の存在を信じないの?」
「・・・あぁ」
「どうして?」
「・・・」
真面目な顔をして俺を見据えて来るアンジュに、俺は返答に詰まってしまった。
(どうして・・・、かぁ・・・)
俺は日本に居る時から、神の存在や宗教を信じてはいなかった。
別に其れに頼る人を否定する訳では無いが、あくまで其れ等を信じる人の信仰の根底は、死の先にある無への恐怖を和らげる為のものだと、俺は思っていた。
(結局、無になれば其の先なんて無いのだから・・・)
「アンジュは信じてるのか?」
俺は理解して貰えるか分からない自身の考えを口にする事はせず、質問に質問で返したのだった。
「勿論よ」
「・・・」
「どうしたの?」
「いや、意外だなと思って」
「そうかしら?」
「あぁ」
「ふ〜ん、私の事どういう風に見てるのかしら?」
「・・・」
「何で無言になるのよっ」
不貞腐れた様にそっぽを向いてしまったアンジュ。
小窓から微かに入って来る陽射しが、ブロンドのツインテールを財宝の様に煌めかせた。
「・・・」
「ん?何?」
「い、いや、別に・・・」
「?何よ」
「・・・」
「・・・まあ、良いわ。それより司、其処に膝をついて」
「え?何で?」
「祈りを捧げてあげるわ」
「でも俺、祈りとか作法とか全く知らないぞ」
「良いのよ。司はジッとしてれば」
「そうかぁ」
そうしてアンジュの指示通り、彼女の前に膝をついた俺。
「そしたら、目を閉じて」
「ん、こうかぁ?」
「そう。動かないでよ」
「あぁ・・・」
瞳を閉じた俺の頭上に、アンジュの祈願の言葉が降って来た。
其れは細かい意味こそ分からないが、不思議と聞き慣れた感じのする言葉だった。
「・・・」
「・・・」
やがて祈りが終わったのだろうか、アンジュの声が途絶え、辺りを静寂が包んだ。
俺は作法が分からない為、終わったのか確認して良いのかも分からず、瞳を閉じたままアンジュの声を待った。
(・・・ん?あれ?)
最後に掃除をしたのが何時か分からない、埃っぽい空気が漂う空間で、突然爽やかな香りが鼻に飛び込んで来て、俺は少し驚いた。
然し、其の香りに自身の胸がすいて行くのを感じ、口を開き其れを受け入れ様とすると・・・。
「あっ・・・」
微かに漏れて来た声に閉じていた瞳を開けると、蒼いサファイアの双眸が眼前に迫っていた。
「え?アン・・・、んっ」
「んんん」
俺が其の持ち主の名を呼ぼうとした・・・、瞬間。
突然、重ねられた唇。
先程迄の爽やかな香りから一変、一瞬で全身を甘い香りが駆け巡った。
「・・・ん」
「ううん・・・」
「・・・アンジュ?」
「・・・」
唇を離した途端に背を向け入口の扉へと駆けたアンジュ。
俺が背に掛けた声にも、此方を振り返る事はしなかった。
「・・・」
「司・・・」
「・・・何だ?」
「無事に帰って来てね」
「え?」
「私、待ってるから」
「・・・」
「約束・・・、ね?」
「あぁ・・・」
其のまま、俺を残して扉を開けて行ったアンジュ。
俺は其の背を静かに見送るのだった。
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