第213話


 俺は緩やかな速度で、細い通路を宙に浮き進んで行く。

 通路は特段変哲の無い一本道で、ダンジョンの様に壁に灯りの制御装置が埋め込まれていた。


(ダンジョン?其れともただの洞窟か?)


 何方にせよ、此処に至る為の扉と、壁に埋め込まれた制御装置が、人の手の加わった空間で有る事を証明していた。


(あっ・・・、ダンジョンなら)


 此処がもしダンジョンなら帰還の護符が使えると思い、俺が緊急時に備え、一度魔力の渦の発生している場所迄戻ろうと思い、来た道を振り返った瞬間。


「・・・⁈」


 静寂を斬り裂く、背筋に寒気が走る様な高い風切り音が、俺の背に迫った。


「衣っ‼︎」


 高速で迫る高音に、俺は其れが何か確認する間も無く、闇の衣を背へと広げ、目一杯払った。


「・・・っ」


 どうにか迎撃に成功したらしく、金属と岩の打ち合う乾いた音が耳に流れて来た。


(ナイフか・・・)


 音の先を確認すると、其処には掌大のナイフが落ちていて、其のまま、先へと視線を向けると、先程迄は無人だった通路に、俺と同じ様にマントを纏った者が立っていた。


(此奴は・・・?)


 素顔はおろか、体型すらも分からない相手に、俺は身構え戦闘態勢に入った。


(来るっ・・・‼︎)


 眼前の相手のマントが微かに揺れ、布の擦れる音が流れて来て・・・。


「・・・っ」


 マントの内側の影から、ナイフが一直線に飛んで来た。

 其の一投を軽く往なすと、即座に二投目、三投目が襲い掛かって来た。


(大した速度では・・・)


 俺が其れ等を軽やかに躱して行くと、前方の相手は慌てて、手元が狂ったのか、四投目は俺の左側面を通過する様に飛んで来た。


(ふっ・・・)


 其れを横眼で見送ろうとしたが・・・。


「・・・⁈」


 其の俺の左眼球に怪しい光が映り、左耳には異様な風切り音が飛び込んで来て・・・、刹那。


「くっ‼︎」


 突然、進行方向を変え、俺へと向かって来たナイフ。

 俺は前方に飛び、間一髪其れを躱した。


(ちっ、何をした⁈)


 俺は一瞬魔法の使用を疑ったが、詠唱の間も魔法陣も確認出来なかった事から、何らかの細工がされているのだろうと判断した。


(とにかく、今は・・・)


 ナイフを躱した勢いのまま、相手との距離を詰める俺に、再びナイフが放たれた。

 俺は其れを闇の衣で払い墜落させた。


「・・・」


 相手のマントが僅かに揺れたのを確認出来た、次の瞬間。

 何かが地面の岩場を擦る音が聞こえ、俺の真下からナイフが打ち上がって来た。


「・・・っ⁈」


 俺が僅かに後退しナイフを躱すと、瞳に魔力を注いでいなければ気が付けないであろう、柄の部分の先に煌めく何かを見た。


(なるほど・・・)


 俺はマジックのタネを見つけた様な気がし、上空に有るナイフへと手を伸ばし・・・。


「静寂に潜む死神よりの誘い」

「・・・っ⁈」


 上空で正に糸が切れた様に制御を失い、地面へと墜落した。



「まだだ、静寂に潜む死神よりの誘いっ」


 既に墜落している他のナイフの柄の付近に、魔法を詠唱してた。


「くっ‼︎」

「・・・⁈」


 耳に入って来た相手の短く漏らした息は、高音で艶のある声をしていた。


(女・・・?)


 どうやら、深いフードの下にある素顔は意外なものらしかった。

 然し、今はそれどころでは無く、俺は相手との距離を詰め様とした・・・。


「っ・・・‼︎」

「おっと⁈」


 其の俺の出鼻を挫く様に、此方へと飛んでくるナイフを躱し、魔法を柄の付近へと放っていった。


「・・・っ、ちっ‼︎」

「ん?」


 マントの女は、何事かガサゴソと自身の懐を探り、意を決したかの様に地面に落ちたナイフへと駆けた。


「止まれっ‼︎」

「・・・」


 俺が発した指図を、まるで聞こえないかの様に無視して女は駆けた。


「ちっ、静寂に潜む死神よりの誘い‼︎」

「・・・っ⁈」


 俺は女の駆けていた先に有ったナイフへと、魔法を放ち吹き飛ばした。


「くっ‼︎」

「縫‼︎」

「・・・っ⁈」


 吹き飛ばされたナイフを見て、一瞬身を固めた相手の隙を逃さず、俺は拘束の魔法を相手の影へと放った。


「・・・」

「・・・っ」


 俺の手から放たれた漆黒の針は、見事に相手を捕らえたのだった。


「さてと・・・」


 空中から地上に降り、俺は女へ向かい構えた。


「・・・っ‼︎」


 身動きの取れない身体で、然し、何とか抵抗しようとする女。


「行くぞ・・・」

「・・・っ」


 俺の言葉に覚悟を決めたのだろう。

 マントの女は其の身から固さが解けた。


「待ってくれっ‼︎」

「・・・っ⁈」


 突如として通路の先から響いて来た声。

 俺は其の主を確認しようと其方に視線を向けた・・・。


「な、何故・・・」

「・・・」


 驚きに言葉が続かなくなる俺。

 其処には、ディシプルの飛翔将軍こと、フォールの姿が有ったのだった。

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