第210話


 翌日の昼、俺は1人で街へと来ていた。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


(はぁ〜、アンジュでは無いけど、気が滅入るなぁ)


 今日は元々3人で来るつもりだったが、アンジュが暗い雰囲気の街に来る事を拒否し、仕方なくフレーシュに残って貰ったのだった。


(ただ、あの2人だからなぁ・・・)


 フレーシュに確認したところ、アンジュは回復魔法以外の魔法はあまり得意では無いらしく、武芸関係も全然で護身の術は無い為、万が一を考えて不仲の2人だけにする事にしたのだった。


「・・・はぁ〜」


 俺は確実に喧嘩をしているであろう2人を思い浮かべ、街の重い雰囲気も相まって、1人溜息を吐いたのだった。


(でも・・・)


 俺がそう迄して街に来たのは、昨日の早朝の狐の獣人の件が有った為だった。

 あれが1人だけ紛れているのでは無く、他にも居るので有れば、他国の事とはいえ大問題で、過去のルグーンの発言と其の側に居たエルマーナの件も有り、到底看過出来なかった。

 先ず、ミラーシを滅ぼしたのはルグーンで、彼奴はエルマーナの事を手に入れたと言っていた。

 なら、ミラーシの他の者達はどうなったのか?


(フォールの事も有るし、奴らはディシプルの件にも何らかの関係が有ると見て良いだろう)


 昨日の狐の獣人はやはりミラーシの者なのだろうか?

 もしそうなら、サンクテュエールは現在敵国となっている隣国に、獣人の中でも特に優れている狐の獣人が、兵として大量にいる事になってしまうのだった。

 そして、此のディシプルとリアタフテ領との距離は、決して遠いものでは無かった。


「・・・」


 そんな懸念を抱え、街の住民を魔力を込めた瞳で観察していたが、とりあえず街の住民の中に、狐の獣人が紛れ込んでいる事は無い様だった。


(次は関所かぁ・・・)


 俺は街を後にして、モンターニュ山脈の方角へと向かった。


 俺が関所付近で身を潜め関所の様子を窺うと、本日も任務に忠実なディシプル兵達が居た。


「・・・っ」


 瞳に魔力を込め窺うと、なんと関所に居るディシプル兵5人全員が、狐の獣人という結果・・・。

 俺は一瞬の間、思考が停止してしまった。


(くっ‼︎・・・だけどっ)


 今はそうも言っていられ無い。

 俺は重くなった足取りで、警戒網を張るディシプル兵の確認を続行したのだった。


「はぁ〜・・・」


 溜息を空へ向かい吐くと、視線の先、太陽は空の頂点に達していた。

 あの後、ディシプル兵を窺い確認を進めて行った結果は、ディシプル兵と狐の獣人を割合でいえば、7対3といったところだった。


「ただなぁ・・・」


 俺は昨年末の、ディシプルとフェーブル辺境伯連合軍との戦闘を思い返した。

 あの時、此方が敵を圧倒出来たのは、魔法戦力の差が大きかった。

 其れを考えると、相手側がかなり魔法戦力を増している事は、頭が痛い問題だった。


(どうするかなぁ・・・)


 俺が現在有する緊急連絡の手段は、先ずはアンとの間の通信石。

 此れはアンとの取り決めで、アンの行方が分からなくなった場合は24時間、丸1日で緊急連絡を行う。

 もし、俺が冒険などで行方不明になった場合、アンには1週間で安否確認を頼んでいた。


(此れは、後5日猶予が有るんだよな)


 そして、もう一つの連絡の手段は、国王との間の通信石だった。

 現状を考えると、俺が得た情報は国王への連絡義務が有るだろう。


(奴等が打って出るとすれば、年内なら後3ヶ月前後の内には、サンクテュエールへと侵攻して来るだろうが・・・)


 フォールからの手紙の内容を考慮すると、ディシプルは必ず再びサンクテュエールへと侵攻して来るだろう。

 そうなると、直ぐにでも国王へ連絡して、国境沿いの防御を強化して貰うべきだろうが・・・。


(ただ、守りを固めるだけで、奴等の侵攻を防げるのだろうか?)


 其れに・・・。

 俺が最悪の場合別の港への移動をするとして、リアタフテ領に帰れるのは何時になるだろう?

 もし、其れ迄にディシプルがサンクテュエールへと、侵攻を開始してしまったら・・・。


(う〜ん、フレーシュとアンジュを説得して、2人に船で帰って貰って、俺は飛んでリアタフテ領に戻るか・・・)


 此の世界で旅をする事が、どの程度の危険を伴うか分からなかったが、其の線も含めて俺は思考を巡らせた。


「・・・ん?」


 色々と考え事をしながら歩いていると、既に港に着いていた。


(あれは・・・)


 視界の端にフィーユの後ろ姿が映った。

 彼女の向かっている先は、一昨日の夕方、フィーユが泣いていた倉庫と倉庫の間の狭い通路だった。


(仕方ないなぁ・・・)


 俺がそんな事を思いながら、何気なく其方へと向かうと・・・。


「・・・っ」


 俺は異様な光景に、反射的に倉庫の影に隠れてしまっていた。


(何で・・・?)


 俺の視線の先、狭い通路の先。

 其処には笑顔で何か語りかけながら、フィーユの頭を撫でる作業員達が居た。

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