第198話


「そおなのぉ、良いわよぉ〜」

「ありがとうございます、リール様」

「その代わりぃ・・・」

「・・・」

「ローズちゃんにはぁ、ちゃんと許可を貰ってねぇ」

「・・・はい」

「ふふふ、そんな顔をしないのぉ。ローズちゃんもぉ、分かってくれるわよぉ」

「え、えぇ・・・」


 此処はリアタフテ家屋敷の執務室。

 俺はルーナから頼まれた、ザックシール研究室への外出の許可を取りに来ていた。


(まぁ、一応の約束だった今日は、ローズが安定してない為無理だったが・・・)


 子供達が攫われて以来、ローズは極端に精神状態が安定しなくなった。

 リールはマタニティーブルーの影響も有るだろうと言うのだが・・・。

 結果、俺は外出に制限を掛けられ、現在は学院を休学する事態になっていたのだ。


「大丈夫よぉ、紅葉の季節になればぁ、ローズちゃんも落ち着いているわぁ」

「そうですか?」

「そうよぉ〜。私もそうだったからぁ」

「そうなんですかぁ」


 まぁ、こればかりは、男の俺には理解出来ない事だし、リールの言う通りになる様に祈るしかなかった。


「それでぇ・・・」

「え?」

「来週頭にぃ、ヴィエーラ教の回答をぉ、王都からぁ、関係者の方が報告に来るらしいのだけどぉ」

「やっとですか・・・」

「そうなのぉ。準備もあるしぃ、外出はそれ以降で良いかしらぁ?」

「勿論です」

「ふふふ、じゃあお願いねぇ」


 そうして、俺は執務室を後にし、ローズに許可を取りに行った。


「良いわよ」

「そうか」

「アナスタシアも一緒に行って貰うわよ」

「あぁ、分かった。でも、大丈夫か?」

「ええ。あの娘の事ならお母様も居るし、心配無いわよ。そもそも、別にあの娘を疑っている訳では無いし」

「ローズ・・・」

「学院長にも挨拶をして来ると良いわ」

「あぁ、そうだな」

「時間は3時間有れば充分でしょ?」

「あ、あぁ・・・」

「もし、アナスタシアやルーナの事で時間が掛かりそうなら、司は先に飛んで帰って来て」

「・・・分かったよ」


 ローズは渋るかと思ったが、来週の事という事で、内容はともかく了承自体はあっさり得る事が出来たのだった。

 俺はそれをルーナに伝えに行くと、ルーナは嬉しそうにしていた。


 そして、週明け・・・。

 王都からヴィエーラ教の使者が到着し、俺とローズ、そしてリールが執務室で迎えたのだった。


「久し振りね、ローズ」

「アンジュ。使者ってアンタだったの」

「ふっふっふっ、まあね」


(彼奴は・・・)


 ヴィエーラ教の使者とは、俺が王都で出会ったアンジュの事だった。

 アンジュはローズとの会話もそこそこに、姿勢を正しリールへと向き直り、片膝をついた。


「ごきげんよう、領主様。私は、アンジュ=リリーギヤと申します。王都ヴィエーラ教エヴェック=リリーギヤ様より、今回の件の回答書を持って参りました」

「此方へ」

「はいっ」


 アンジュがアイテムポーチから封書を出すと、リールは手を差し出し、受け取る姿勢を示し、アンジュはそれを見て、封書をお供の者に渡し、リールへと届けた。


「・・・」

「・・・」

「これはぁ・・・。う〜んとぉ・・・」


 リールは書簡に目を通しながら、困った様な、然し冷静な表情を浮かべていた。


「お母様」


 それを見てローズもリールの側に行き、書簡へと視線を落とした。


「・・・っ‼︎どういう事よっ、アンジュッ‼︎」

「・・・さあね。内容について、私に言われても分からないわよ」

「アンタが使者なんでしょっ‼︎」

「そうよ、使者よ。私は王都ヴィエーラ教の責任者では無いわ」

「・・・くっ‼︎」


 書面に目を通して無い俺にも、何となく内容は予想出来たが、やはり此方の納得出来る内容では無かったらしく、ローズの其のルビーの瞳には怒りの炎が見えた。


(というか、アンジュの態度も挑発的なんだよなぁ・・・)


 アンジュの言っている事に間違いは無いのだろうが、自身は部外者だと言わんばかりの態度に、ローズの怒りがより増している事は分かった。


「あのねえ、アンジュ・・・」

「何かしら?」

「私は今回の件で、生まれたばかりの我が子を攫われているの、分かる?」

「そうね」

「其の犯人がヴィエーラ教の司祭だったの、此れも分かるでしょ?」

「・・・元ね」

「・・・っ‼︎犯行に及んだ時点でよっ‼︎」

「物は言いようね」

「アンタの都合良く解釈しないでっ‼︎」

「はあ〜・・・」

「ちょっと・・・」


 ローズの怒りに、仕方なさげに溜息を吐くアンジュ。

 ローズはアンジュが次に発するで有ろう言葉を予見し、其れを止め様としたが、間に合わなかった。


「結局、ローズの子供達は無事戻ったのでしょう?」

「アンジュ、アンタッ・・・」

「他に何か有るの?」

「其の件で私のメイドも、私の旦那の大切な人も大怪我を負ったわ・・・」


(大切な人かぁ・・・、ローズ)


「それで?結局、怪我で済んだのでしょう?」

「・・・っ‼︎」

「ローズちゃんっ‼︎」


 背中から掛かるリールの声を振り切り、ローズはアンジュへと詰め寄り、其の襟を掴み立たせた。


「私は今すぐにでも、国中のヴィエーラ教の教会を吹き飛ばして回っても良いのよ‼︎」

「・・・やれば良いじゃない?私は面倒な定時の礼拝が無くなって助かるわ」

「・・・っ‼︎」


 お供の連中が立ち竦む程の凄味を利かせるローズにも、アンジュは平然とした態度で応えるのだった。


(流石にこれは・・・)


「ローズ、落ち着けっ」

「司っ、でもっ‼︎」

「ん?司・・・?って‼︎」


 ローズの肩を抱き、引き剥がす俺にアンジュはやっと気が付いたらしく、驚きの表情を浮かべた。


「司っ、貴方・・・」

「久し振りだな、アンジュ」

「もしかして・・・」

「ん?エヴェック様から聞かなかったのか?俺がローズの婚約者だ」

「・・・っ」


 どうやら、エヴェックは俺の事を、アンジュに説明していなかったらしい。

 先程迄、余裕の表情を浮かべていたアンジュの蒼い瞳が、不思議と曇ったのが感じられた。

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